Sequentia

 それは、じめじめとカラカラが、交互に訪れるような、初夏の頃。
 自生する草花が、太陽の光を一身にあびて、大地を飾る、そんな季節。
 さらさらの緑は、カラフルに助けられて、世界に映える。
 少し辛い、けど、我慢できる辛さ。不調を隠し、天敵に襲われないようにする野生動物のように、平然と、あなたの話に耳を傾ける。
 あなたはどこからか伝え聞いた、ある奇病について話している。
 規則的にゆれる影法師の頭を凝視して、とうとうとした声は日差しさえも冷え冷えとさせてしまう。
 奇病について、つまりは文字通りの植物人間だと、あなたは言った。
 植物人間、と繰り返せば、あなたは、植物人間、とやはり同じ言葉を返す。植物人間って、と問えば、あなたは、植物が生える、と文字通りの意味を返した。
 どんな植物が生えるの、その人による、誰がかかるの、誰でも、本当に病気なの、病気だよ、どうすれば治るの、治らない、死ぬの、死ぬよ。
 一問一答が尽きて、あなたはやはり影法師を見つめたまま、ニコリとも笑わないで、せみの声を聞いている。こうしていると、風の音さえ聞こえてきそうな、不思議な心持になった。
 下を向いて歩くくせ、直したほうがいい。いくどめかの指摘に、あなたは、うん、とだけ答えた。それがただの形式でしかないことを、よく知っているけど、それ以上はなにも言わなかった。
 黙って歩いていると、あなたは再びしゃべりはじめる。額をぬぐう手がきらめいて、地面に小さなしみを作った。
 トリフィドって知ってる、知らない、昔の小説、ふぅん。
 いつも興味津々では不公平だから、気のないふりをしてみたけど、あなたは平然としている。だんまりで勝つのは、いつもあなただ。
 どんな話なの、盲目になった人類と歩く植物トリフィドと人間同士の争いの話、複雑だね、そうだね。
 あなたは決して饒舌ではないけど、尋ねれば、いろいろなことを話してくれる。
 あなたは、奇病とトリフィドは似ていると言い、物語の主眼はそこじゃないかもしれないけど、と小さくつけ加える。そうやって逃げ道を用意するのは、いつも自分の影を見ているのと同じく、あなたの悪いくせだ。もっと前を向いて、道の向こうを見すえて、自信を持てば、きっと今よりすてきになる。
 あなたはその理由を話す前に、大丈夫、休む、と問いかけてきた。
 呼吸をととのえてから、休まない、と答える。あなたは心配そうな素振りを見せたけど、結局あきらめて、話しはじめた。
 管理されることを嫌がった自然が、人間に復讐しようとしてるんだと、幻想家のようなことを口にする。増えすぎた人間を自然の一部にする。自然からの警告でありメッセージであると、今度はとうとうと、真夏の日差しのように語った。
 もっとあなたの話を聞いていたかったけど、いよいよ耐えきれなくなって、立ち止まる。寒い。とても寒い。体をめぐる血液は養分として吸い取られ、皮ふに浮き出たこれは、もはや血管ではない。心臓がひどくゆるやかに、脈打つ。あなたの知らないところで、人間とは別種の、命が誕生しようとしている。
 病気だよ、治らない、死ぬよ。
 あなたはきっと、知らないで奇病の話をしたんだ。この身をむしばむ「何か」について、あなたの意見が聞けて、嬉しい。
 辛さに体を傾ける。背中が痛い。
 さなぎが古い体を脱ぎ捨てるがごとく。
 ああ、ああ、あなたはここに、どんな花を見る? 願わくば――。
 あなたは顔をあげる。普段のつまらなそうな顔に、不安をにじませて。
 どうしたの、震えてる、大丈夫、どうしたの、ねぇ、まさか。
 めったに聞かない早口で、あなたはまくしたてる。
 絶え絶えの息の合間に、言葉をのせた。
 それを最後に世界が、反転する。


 あなたは地面に倒れて動かない。背中を裂いて咲いた大きくて長いヒマワリが、影を落としている。血をすすって咲き誇っているとはにわかには信じられない、キレイな花だった。けれど、残酷だ。あなたをつれていってしまった、残酷な翼だ。
 安易に死ぬなどと言ってしまって、あなたはそのときどう思っただろう。そっぽを向くヒマワリは黙するだけで、あなたを代弁するつもりはないようだった。いや、この存在そのものがあなたの思いをあらわしているのだろう。
 人を襲う怪物でもなければ、警告でもない。
 もっと簡単で、すごく難しいことだった。
 あなたの体がとけていく。大地にしみこんでいく。
「あなた」という一個の存在が、かえっていく。先達はもう不要だと、呟くように。
 十字を切ってみた。手を合わせてみた。泣いてみた、喚いてみた、呼んでみた。
 思いつく限りの弔いを届けてみるけど、どれもしっくりこない。
 残されたヒマワリは、最初からそこにあったかのように、限りなく自然に、風に揺られている。それは「おいでおいで」にも見えたけど。
 ――うん。花を見上げて小さく頷く。
 私は花が作る影から飛び出した。自分の影ではなく、まっすぐ前を見つめて。

UP:2014/04/13