恋愛いりゅ~じょん ねぇ、冗談でしょダーリン

 私はどうやら、ドワーフの青年を愛してしまったようなのだ。
 エルフという森の寵愛を受ける種族である私が、なぜ洞窟の奥深くに住まう彼と出会ったのかは、聞くも涙語るも涙のロマン溢れる物語として語り継ごうと思う。しかしここでは時間がない故、無精者の私が一念発起して森を出て散歩をしていたらいつの間にか地下洞窟に迷い込んでしまいドワーフに助けられた、とだけ記しておこう。
 ドワーフは私達とは違って容姿には恵まれず酷く醜いと聞き及んでいたのだが、実際に会ってみるとこれが想像以上に恐ろしい顔をしていたのである。
 口元に蓄えた髭は胸元にも届く勢いで、小柄ながらもその力逞しく、声も低く腹に響き、最初は身も竦む思いであった。さすがは地底の覇王と呼ばれる種族。
 しかしその誠実さ実直さ優しさと言ったら! その激しい落差は私の心にしっかりと刻み込まれたのだ。
 私は自分独りで割と生きていけるタイプ故に、男性に優しくされた経験などない。だからこそ余計にドワーフの優しさが響いたのである。
 迷い疲れた私がしくしくさめざめと泣いていると、偶然通りかかったドワーフがぼてぼてと近づいてきていわく、
「お嬢さん、エルフじゃないか。珍しいお客さんだねぇ」
 まずなぜ泣いているのかを問うて欲しかったのだが、仕方ない。私が道に迷ったと告げるとドワーフは可哀相にとでも言いたげに目を細め「出口は遠いけど、自分の家なら近いから」と私を自宅に招いて食事までご馳走してくれたのである。
 私は種族を超えたその親切心に咽び泣くかと思った。その時のメニューとトーク内容は大層興味深いものであったが、それはまた別の機会に話そうではないか。
 ――ああ、時間がないと言いながら興奮してつい長々と語ってしまった。
 それで私は、彼に案内されて無事洞窟の外へと帰ってこられたわけだ。洞窟を出た時は夜だったのに、家に着く頃には朝になってしまっていた。私はどこまで散歩に行っていたのだろう。帰宅した日と翌日は貪るように眠ったが、私は先日の顛末を話そうと友人宅を訪ねた。
 の、だが――
「ドワーフなんて止めときなさいよ。湿っぽい」
 私の切々とした想いは、なんと「湿っぽい」というよく分からない単語一つで切り捨てられてしまった。確かに洞穴は湿っぽいしコケも生えてるし暗いので反論出来ない部分もあるが、もう少し同調してくれたって良いだろうに。
 出された緑茶で喉を潤し、いざ反撃の狼煙を……
「それに、あんたみたいな進行方向右斜め上にずれちゃってるような男勝りじゃ相手にして貰えないわよ」
 と構えた瞬間に、撃沈された。
 私はその後も「住む世界が違いすぎる」などの痛烈な批判を浴び、結局「だって良い人だったんだ」という幼稚極まりない発言を残しただけで撤退してしまった。我ながら情けない。しかしその程度のことで私の気持ちが揺らぐことはない。私は鼻息も荒く森を闊歩する。道行くエルフ達は私のただならぬ気配を察したのかさっと離れていく。ふん。どいつもこいつも馬鹿にして。
 私だって夢見る女の子なのだ。
「空を見てダーリン、星が綺麗ね、宝石みたい!」
「ハニー、君の方が何倍も輝いているさァ!」
 ……という心躍る会話を交わしてみたいのだ。
 ダーリン。何て甘美な響きだろう。ハニー。呼ばれてみたい。
 今年で二百飛んで五歳。そろそろ恋人が居ても良い年頃だろう。友人も応援してくれたって良いのに、非情なやつだ。
 私は再び森を出て、彼に教えてもらった道順を逆に辿る。ドワーフは夜行性だと聞くから、着く頃はちょうど起きだす時間だろう。だが、洞窟の入り口までやってきて、私はハテ、と首を傾げることとなってしまった。
 実はお互い名乗っていなかったのである。誰かに聞けば良いと思っていたが、それでは探しようがない。いや特徴を言えば何とかなるか。やたらめったらに長い髭だったからな。私は意を決して洞窟に足を踏み入れたのだが、またしても難問にぶち当たってしまった。
「髭を胸元までたらしたドワーフ」というのは、どうも一般的なもので特徴にはならないらしい。というのも、今回出会ったドワーフも似たような風貌をしていたのだ。このドワーフは彼より髭の量が多い。
 エルフは頭髪以外(ここ、重要である)は薄いから、考えてもみなかった。……うーむ、カルチャーショック。
 ――しかし神は私を見捨ててはいなかったのである!
「もしかしてこの前迷い込んできたっていうエルフ?」
 私は即座に頷き、私を助けてくれたドワーフを知らないかと尋ねたところ、そこまで案内してくれたのだ。
 前回より余裕のある私は、道順を焼き付けようとじろじろ周囲を見回す。ドワーフの洞窟というのは案外綺麗なんだな。それ程湿ってない……後で友に報告せねば。このひやっとした空気も森にないものだが、別に嫌な感じはしない。
「ここだよ、お嬢さん」
 ドワーフの家は洞窟の壁と一体化してしまったような、奇妙な風体をしている。恐らく私一人だったら素通りしてしまっただろう。保護色と同じ発想か。
 私は丁寧に礼を述べ、彼が完全に見えなくなってからノックをした。石を加工したもののようだが、随分と重そうだ。
「はいはい、どちら様ですか?」
 扉が開かれ、おおお、ついに念願の彼が! 彼も彼で驚いたようで、ぼうぼうの眉に半ば埋まりかけてる目を丸くする。
「おやまぁ、この前の……」
「ミリーナという! この前は有難う助かった湿っぽいと言われた! お前の名は!?」
 私は緊張に強張る口を懸命に動かして尋ねた。もちろんお辞儀も忘れていない。しかし何か余計な一言を言った気がしないでもないが、彼はにっこりと笑顔を作ったので何も問題はなかったようだ。
「ドグラだよ。ミリーナさん、お礼を言うためにわざわざ来てくれたの?」
 初心な私は「ダーリンに会いに来たんだ」とは言えず、かくかく頷いた。絶対に頬が火照ってる。うむむ、困るな。私は色白なのだ。ばれてしまう。
「せっかく来たんだから中に入りなよ。美味しいお菓子があるんだ」
 おお、いきなり女子を部屋に招き入れる一人暮らしの男。素晴らしい伝説的シチュエーションではないか!
 ……いやしかし、参ったな。か弱い乙女と、小柄とはいえ逞しい男。二人っきりで部屋に居れば、ダーリンハニーに至るまでの様々な物事を飛び越えて一気にめくるめく官能の世界へ……なんてこともありえるかもしれない。さすがに二度目でそれは早すぎるな。よし。
 私は一人納得すると、そのお菓子とやらを外で食べないかと提案した。外だから安心といういわけではないが、危険度はぐっと減るだろう。この洞窟は広大な森の一角にあるようで、ならば外は私の領域である。
 ドグラはこの提案にしばし考えた後、承諾してくれた。準備もそこそこに、ドグラに導かれて外へ出る。太陽は傾き、空は朱に染まっていた。ダーリン候補ことドグラと並んで散歩しながら、私はお菓子をほお張った。材料は分からないが、さくさくしてて美味しい。
 しばらくは会話も弾まず、あの花が綺麗だとかあの木の実は食べられるんだとかあの虫は毒があるから気をつけろだとか、当たり障りのない言葉を投げあった。
 森の散歩で開放的な気分になったのだろうか、この状況をもどかしく物足りないと思う気持ちが存在する。しかし外に誘ったのは私自身だ。今更ドグラの家に行きたいなど言えるはずもない。
「ああ、ここ。綺麗な湖でしょ?」
 突然視界が開けたと思ったら、なんと、まあ。太陽の光を受けて赤く染まった、大きな湖が顔を出した。まるで太陽が地面に揺れてるかのような光景に、私はしばし言葉を失った。夜になれば月と星が水面に煌めいて、それはそれは幻想的だそうだ。夜空が落ちてきたみたいだ、と詩人っぽくドグラは表現したが、この太陽を見る限りそれもあながち誇張ではないのだろう。
 ――夜空? 星? これはッ! これは行けるんじゃないのか!
 ダーリン、ハニーという呼び方にさえ目を瞑れば、この状況はかなり理想に近い。ああ、有難う万物。このチャンス、絶対にモノにしてみせる。
 その星空になるまでここで話でもしないかと申し出たところ快く頷いてくれ、私はこっそりほくそ笑む。ここで距離を縮めておけば、二回目だろうが三回目だろうが気になりはしまい、私の理性。
 私達は並んで腰を下ろし、お菓子をつまみながら語り合った。私はここで猛然とアタックを開始していわく、実は恋人と一緒にこういう夜空を眺めるのが夢だったのだ。彼答えていわく、ああそれは自分も考えたことがあるよ。
 ――これはどうしたことだろう、諸君。奇しくも私達は同じ夢を抱いていたのだ! これは脈ありと判断して良いのか? 良いに決まっている! それに見てみろ、ダーリン候補ことドグラの、あの私を見つめる熱い瞳を! 完全に私に見惚れているな。最早勝ったも同然だ。しかしここで焦りのために雰囲気をぶち壊してしまうのは本意ではない。それとなく相思相愛であることを悟らせるのが賢いやり方だ。
「エルフってのは、さぞかし美形揃いなんでしょ? 羨ましいな。誰か紹介して欲しいくらい」
 こらこらこら、今目の前に居る私の立場はどうなる。まったく、この恥ずかしがり屋め。素直になれば良いものを……。
 参考までにドグラの好みを尋ねてみると、そう高望みはしないが誠実な人が良い、そう言うのだ。それはまさしく私のことだと頷いていると、問い返されたので、顔はあまり気にしないし長い髭があっても全く構わなくて誠実で素直で優しい人が良いと目の前に居る理想像を語った。ドグラは同意してくれたが、それだけだった。なかなか手ごわいな。私はついに核心に触れる意思を固め、ドグラよずばり好きな人は居るのか、とストレートに尋ねた。
 ドグラは皺の刻まれた頬をかきながら「いやぁ、特には……」そして案の定尋ね返されたので、私は自信満々に、
「居るぞ、すぐ近くにな」
「へぇ、そうなんだ。アツイねー」
 まったく自分のことだとは思っていないようで、それもまあ二回しか会ってない相手なのだから仕方ないかと名指しで突撃しようとしたその刹那、私は度肝を抜かれた。
「自分も、早く素敵な殿方を見つけたいねぇ」
 自分も、早く素敵な殿方を見つけたいねぇ。殿方を見つけたいねぇ。殿方を……ああ、リフレイン。私はその台詞に二つの可能性を見出したが、最も可能性の高い現実を口にした。
「ドグラは……その、女か」 
 ドグラは不思議そうに首を傾げて、
「うん、女だよ」
 と事もなげに言ってのけたのだ! 女! 女だと! ドワーフは男女問わずそのような髭が生えているのか! またしてもあっさり頷かれた。あまつさえ「こんな髭の薄い男なんて居ないよ」とまで言ってのけたのだ。か、カルチャーショック再び……。
 衝撃的すぎる現実に、私ともあろう者が動揺に動揺を重ね、ついには混乱の極みに達し、もう息をするのも億劫になって、いっそこの湖に潜り込んでしまおうかと思いつめていたところ、
「あ、流れ星」
 今しがた私が重傷を負ったことなど露知らず、ドグラはのん気な声をあげる。
 すっかり夜を迎えた空が、嫌味な程に満天の星空を提供してくれていて、湖も嫌がらせかと思う程に幻想的な姿を披露してくれていた。曇ってしまえ。
 ドグラが熱心に願っているので、何をお願いしたのかとヤケクソ気味に聞いてみると、痛い程の笑顔と言葉が返ってきたのだ。
「ミリーナの恋が叶いますように、って」

 ……かくして、私の恋は終わりを告げた。



 私とドグラの付き合いは数年経った今でも続いている。彼もといダーリン候補もとい実は女だったドグラは、私の恋を打ち砕いた数ヵ月後に結婚した。私はエルフでただ一人、式にも参列したのだ。
 そして私は、未だに誰からも相手にされない。
 あの時の流れ星が即座に仕事をしてくれていたら、私をハニーと呼んでくれるダーリンは現れたのだろうか。くそ。
 季節は移り変わり緑の森はすっかり紅一色になりつつあるが、そんな折にドグラから一通の手紙を受け取った。
「自分ら子供が生まれました。新居にも来てね」
 生まれた子は女の子だと聞いたが、同封された写真には髭面の三人が仲良く収まっていた。
 簡素な文を記した手紙と添えられた地図を片手に、私は何だか無性に虚しくなって、ランプの明かりだけが頼りの室内でそっと目じりを拭うのだった。

UP:2007/09/15