ねがはくは花のもとにて…

「さぁてと。今日はお宝にありつけますかね」
 キャプテンAは軽く手のひらを合わせて、硬い背もたれに寄りかかった。金属の冷たさが服越しにも伝わってくる。
 シップを自動航行に切り替えて、鼻歌など歌いながらレーダーを監視する。ちなみに乗組員はおらず、ゆえにスペースシップ・エヴァETのブリッジに下手くそな旋律が響くのを、止める者は誰もいない。響きと語呂がいいという理由で「キャプテン」を名乗っているだけであった。
 三十を過ぎた頃から妙に柔らかくなり、その後二十年ばかりでついに引き締まることを忘れた腰回りに、イスが抗議の軋みをあげた。背の高さでごまかすのもそろそろ限界だ。
「A。一定の質量を観測しました」
 誰もいないはずだったブリッジに突如響いた声は幼い少女のものだった。姿なき声に驚くこともなくAは鼻歌をやめない。
 スペースシップの由来にもなっている、船に搭載された人工知能。スペースシップ向けに初めて開発、実用化された汎用AIで神話になぞらえてエヴァと名づけられた。巷にはエヴァが溢れかえり、今なお改良が加えられて新型が発売され続けている。
「A.S一一九二年に行方不明になった移民船ノアで間違いありません」
 AIが淡々と告げる。Aはひゅう、と口笛を吹いて指を鳴らした。
「ビンゴ! レーダーの観測域を拡げてくれ」
 ウェアラブル端末を軽快に操作すると、無機質な白いブリッジ全体が一瞬にして宙を映し出す。寝ぼけていたら宇宙に投げ出されたと錯覚するほどの精巧な立体マップだ。宙が投影されるのと同時にAの隣に少女が浮かび上がる。風もないのに一定間隔で長い黒髪がなびいていた。
 エヴァの対人インターフェース・ホログラム。スペースシップ・エヴァETが爆発的なブームとなった要因のひとつであった。Aのシップは外見設定にかなりカスタマイズを加えたため十代半ばの少女にしか見えないが、これでも頼もしいナビゲーターである。
 ――本来であれば。
「観測結果を表示します」
 マップ上のいくつかのポイントが点滅し追って情報が表示された。
「まずはポイント89に向かってくれ。お宝を収容したら114だ」
 Aは提供された情報を吟味して指示を投げる。ひとりでに操縦桿が動きコンソールが光る。傍らの少女が船を動かしている証だ。
 宇宙開拓時代、惑星移民時代を経て宇宙に散らばった宇宙船の残骸たち。まともな航行法も確立されていなかった時代。溢れんばかりの希望と人々を乗せて出発した宇宙船は志半ばで行方不明になったりデブリと衝突して大破したりと、記録として残っているだけでも事故は挙げればきりがない。
 そんな彼らの無念を「回収」し、ジャンク屋に横流す。法整備もなされていない開拓時代は宇宙海賊を名乗る連中の略奪行為も行われたというが、Aの仕事も「不法」という視点では似たようなものだった。
「ま、俺は言うなれば宇宙トレジャーハンターだけどな」
「認識に齟齬があるようです。Aは掃除屋、ゴミ漁り、ハイエナなどと呼ばれています」
 Aは律儀に訂正してきたAIのホログラム映像を半眼で睨みつけて、空間の投影を終了した。デブリはそれほど多くないため、自動航行でも問題なさそうだ、とのんびり構えていたのもつかの間。緊急を告げるコールがけたたましく鳴り響き思わず飛び上がって耳を覆った。レッドランプが光り、一瞬にして火の海に放り出されたかのようだ。
「なんだ!?」
「デブリに接近しすぎています。回避行動を」
 レーダーを見れば、先ほどまでは存在していなかったポイントが出現している。この前整備したばっかりだってのに! 観測精度の悪化はときに命に関わる。以前の仕事でもAIがきちんと観測せず、あやうく自分も宇宙を漂うデブリの仲間入りを果たすところだったのだ。
「このまま航行を続ければ、あと106秒後に衝突します。想定される損傷は……」
 AIは間違いなどなにもなかったかのように淡々と事実のみを報告してくる。
「わーってる! そう急かすな。俺の腕を信じろって」
 Aの指がコンソールをせわしなく踊り、急激な方向転換に船体が大きくゆれる。慣性の法則にしたがって体も傾く。レッドランプは追い立てるように騒ぎ続ける。
「私はいつでもキャップに全幅の信頼を寄せています」
「おい、なんかいつも以上に機械的だぞ!」
「そんなことはありません」
 コミュニケーションを円滑に保つための最低限の感情表現は備わっているはずだが、たまに疑わしい。しかし今はそんなことに目くじらを立ててる場合ではない。逃げる方が先だ。操縦桿を両手で握りしめ、全力で回避に出る。エンジン出力が瞬間的に上がる。
「どらあっ!」
 多少の衝撃をともないつつも、急転換したエヴァは当該宙域を離脱した。前方スクリーンの端を巨大なデブリが過ぎ去っていく。少し離れたところで改めて観測させたほうがよさそうだ。
「どうよ、俺の技術は宇宙一品だろ?」
 Aはホログラム映像にむかって得意気に胸をはる。うるさくがなりたてていた警報音は波がひくように――あれ、止まらない? Aは思わず天井を仰いだ。レッドランプも点滅を繰り返している。疑問を口にするより早く。動力部から爆発にも似た不穏な音が響き、シップを内側からゆらす。たまらず尻もちをついた。
「どうなってる!」
「急な加速で動力部に不具合が発生したようです。現在の稼働率は90%……89%……ステーションへの帰還を」
「またかよ……」
 まだなにもしてないっつーのに。
 Aはうんざり天を仰ぐとゆっくり拠点のステーションを目指した。



 ステーションに帰ると顔なじみの整備工がすぐにシップの点検にあたってくれた。Aのようなならず者を相手に商売している男だ。Aとの付き合いも長い。
「残念だがさすがに買い替えどきじゃないか? AIの拡張性格設定も少し前にバグっちまったんだろ。本当の娘みたいだったのになぁ……」
 買い替えるわけがない、それは整備工もよく分かっているだろう。気の毒そうに告げる声に苦笑して首を振る。それでも言わずにはいられないほどガタがきているということは、身をもって経験済みである。これ以上何か言われる前に、作業費を支払ってその場を離れた。だがこんなならず者でも身を案じてくれる存在がいることにふと安堵した。
 同じように修理を待っているシップたちを横目に自分の船へ向かう。どれも最新か、型落ちだとしても数年前のエヴァ姉妹船だった。見た目の美しさを追求するもの、有名ブランドとコラボしたもの、機能性に特化したもの――と開発会社が変われば船の特長も十人十色だ。
「さっきのってエヴァETじゃなかったか? まだ動いてるんだな」
「俺も初めて見たわ。誰だよあんなん乗ってるやつ」
 その持ち主が今まさに横を通りすぎたことなど夢にも思わないだろう。誰になんと言われようとあのシップを手放すつもりはない。
 宇宙船の中枢制御システムに仮想人格AIを搭載し、ホログラム化を実現させたエヴァET――アーリータイプ。つまりは初期モデル。外見のメイキング設定の細かさだけではなく性格、声、服装など様々なオリジナルデータをインストール可能で、機械としての機能性よりも「人間らしさ」を追い求めた画期的なシップだった。エヴァET発売の報を受けた世界の賑わいは今でもよく覚えているし自分も沸き立つひとりだった。
 Aはようやく修理から「帰ってきた」自分の船を見上げた。ウェアラブル端末からハッチを開くよう指示する。
「おかえりなさいませ。キャプテンA」
 声だけが出迎える。旧型シップではホログラム映像が投影できるのはブリッジだけだった。
「ああ、ただいま。調子はどうだ?」
「非常に良好です」
「そうか。んじゃさっそく次行くぞ! 次!」
 Aの言葉を合図に船体が振動を始め、一瞬Gがかかって船が発進した。目的地周辺までは自動航行で向かう。
 自室に戻りベッドへ飛び込む。投げ出していたヘッドセットを装着するとネットワークへ接続した。海の中にダイブするような圧を一瞬感じ、種々様々な情報がすぐさまビジュアライズされて並び立つ。星の数ほどありそうな情報の波に分け入って、けれど目的のものは見つからなくて。Aは無言で接続を切った。ヘッドセットを乱暴に投げ出す。
 誰が見ても一目瞭然のオールド・シップ。続々と発売される新型。多数の会社の参入。パイオニアとしての貯金を食い潰すまでに他社を追い抜く新作が開発できなかったエヴァETの開発元は、あっさり時代の波の中に消えていった。
 開発元も倒産し工場も閉鎖されサポートも終了した今ゆるやかに廃棄を待つだけのエヴァET。なんて脆くあっけない存在なのだろう。Aは歯噛みする。
「彼女」をなんとか永らえさせたい。Aは公式非公式、合法違法、形態は問わずマーケットもオークションもすべてなめるように探した。しかしあまりに古すぎるシップの部品などあるはずもなく。他のシップへの再インストールももちろん考えた。
「はぁ~……」
 珍しくため息などをついてみる。ベッドで瞳を閉じていると、壁のシャッターが開いて唐突にコーヒーが差し出された。Aは一瞬だけ眉をひそめた。頼んでいない。相手が人間なら気を利かせてくれただけの話だが船の場合は違う。単なる誤作動でありプログラムの不具合だ。いよいよ寿命が差し迫っていることを予感させる。だがAはこの妙に人間臭い行動に微かに苦笑して熱いコーヒーに口をつけた。
「ありがとよ」



 苦労して買ったスペースシップ・エヴァETの真新しいブリッジで、妻がコンソールをいじりながらうんうん唸っていた。ガイド音声とガイドデータを駆使してAIエヴァの設定変更を行なっているようだ。傍らにはホログラム映像が無言無表情で立ち尽くしている。髪型設定をいじっているのだろう。次々に見た目が変わっていくのはなかなかシュールだ。
「まだ寝なくて大丈夫なのか。医者にも言われてるだろう?」
 もう深夜と呼べる時間帯だ。病弱な妻を心配してAもブリッジに残っていた。しかし心配をよそに妻は「あと少しだから!」と瞳を輝かせている。
「できたわ! ほら見て! あなたにそっくりでしょ? 今日からこの子も私たちの家族ね」
 完成したホログラム映像を見て妻が歓声をあげた。黒い髪はA、緑の瞳は妻と同じ。ただのデータだと分かっていても思わず触れたくなるリアリティを持っていた。
「おはようございます、マスター」
 AIが初回起動時の定型句を発する。妻は眉をひそめた。
「声が思ったより大人っぽいわね」
「お前の音声データをインストールしたらどうだ。そこから調整すればいいだろう」
「名案だわ」
 善は急げとばかりに端末に向かって音声サンプルを吹き込んでいく。十数分ほど設定画面と格闘していたが、ようやくもう一度起動。響いた声は先ほどよりもいくぶんか幼い。
「私のカスタマイズ、なかなかでしょ?」
 妻は満足気に手を叩いた。
「あとは名前だけね。ほら、あなたが決めてあげて」
「俺が? いや、お前が好きな名前をつけてやれって」
 突然振られて戸惑うAに、いたずらっ子のような笑みを浮かべた妻が操作端末をよこしてくる。反射的に受け取ってから起動したままの入力フィールドを前に頭をかいた。
「早く早く、この子が待ってるわよ~。ほら、『お願いパパ』って」
「おねがいぱぱ」
 あどけない声色だがいまいち表情データが追いついていない。この辺りは徐々に適切な振る舞いを学習していくのだろう。現時点では当たり前だがとてもお願いされてるようには見えない。
 数秒ほど悩んだ末に入力した名前を見て妻が非難の声をあげた。
「あ! エヴァはダメ! ちゃんと考えて!」
 妻の怒りが通じたのか「not available」とエラーが出て進まない。このAIを指す総称は、個別に購入されたシップのAIにはつけることができないらしい。さて、どうしたものか。
「ガキの頃拾ってきた野良猫に名前つけた以来だぞ」
「へぇ、猫飼ってたんだ。なんてつけたの?」
「エリニャベス」



 ……なにかとても懐かしい夢を見ていた気がする。再び眠りたがる目を強引にこじあけて、Aはサイドテーブルに飾った写真へ視線を投げた。新品のシップを背に二人で幸せそうに微笑んでいる。長年電気の光を浴び続けてすっかり彩度の落ちた写真はそれでも鮮やかに目を刺して。目じりにたまった涙はあくびのせいだと自分に言い訳をする。
 データで管理すれば劣化しないのにと人は笑うが、それも永遠ではないことをこのシップが身をもって教えてくれた。ときにそれは生身の人よりも壊れやすい。「半永久的」はしょせん永久にはなれないのだ。
「あとどれくらいで着く?」
「目的地まであと二〇分程度です。キャプテン」
 宙に投げられた疑問に、間髪入れず返答がくる。ずいぶんと寝ていたようだ。
「すぐブリッジへ行く。またコーヒー用意しといてくれ。あっついのを頼むぜサクラ」
「かしこまりました」
 妻と観光に行った日本という島国で、桜の花の下に集う宴会風景を見たことがある。昼間から酒を酌みかわしながら、美しい花を誰もが愛でている不思議な光景だった。ずっと昔から続いている伝統行事だそうだ。人類が宇宙に飛び出してから幾百年、それでも開かれた空へ飛び立たず大地を歩く民はだんだん希少になってきている。
 自分の子がいたらあんな風に多くの人に好かれ、友人に囲まれて楽しくすごしてほしい。そんな願いを込めてつけた名だ。何日もかけて考える自分を辛抱強く待ってくれた妻も「最高じゃない」とほめてくれた名前だった。その妻とも永の暇を告げて久しい。 
「今度こそお宝を見つけるぜ!」
 今回Aが目指しているのも惑星移民時代にスクラップになった宇宙船だ。その廃棄物の中からエヴァETと互換性のある部品を見つけることが、Aの最大の目的だった。エヴァ搭載モデル登場以前はある程度ゆるやかな技術進歩だったため、なにかしら使いまわせる部品も多い。不要なものはジャンク屋に横流ししていざというときのための資金にしている。いつどこの酔狂がマーケットに登録するか分からないからだ。
 性格設定だけとはいえ、せっかく蓄積した今までのデータも吹き飛び復元もできなかったが、それでもAは妻の残したこのAIサクラが好きだった。妻が設定し二人で育てたサクラは、ほいほいと乗り換えられないほどにはAの生活深くまで入り込んでいた。
 思い出などまた積み重ねていけばいいんだ。それが決して絶えぬ連綿と続いてきた道であることもAは知っている。三人で、あるいは二人で過ごした時間の記憶は確かにAの胸にある。
 たかが人工知能にと笑う人間もいるだろう。だが相手がプログラムであると分かっていても擬人化して考えてしまう。Aにとってサクラは宇宙にあまねく普及したAIエヴァのひとつではなく「サクラ」という家族なのだから。緩慢な死を迎えつつある家族を助けたいと思うのは当然の感情ではないだろうか。
「なぁ、サクラ」
 だが、Aも分かっている。
 トレジャーハントもマーケットも、希望とすがるにはあまりに小さな光だということを。
 それでも。
「行けるところまで一緒に行こうじゃないか」

UP:2016/03/04