Happy HALLOWEeeeeeeeeeeN! Here is TRICK SIDE!!

――……ねぇ、どうしても?



 気がつくと、絶望が落ちてきたかのような街に佇んでいた。四方を囲むのは、冷たい廃墟。寂れた――などという言葉では到底表現しきれない、波にさらわれた砂城の残骸のような街並であった。暖かいのか涼しいのか、寒いのか暑いのかも分からない、どこか漠然とした空気が頬を撫でていった。
 外壁を指でなぞればたちどころに崩れ、風に連れていかれる。砂塵は絶えることなく舞い上がり、ここではあらゆるものが、どうすることもなく朽ちていくのだと、そのように嗤われているかのようである。
 空は黄昏。雲ひとつ浮かんではおらず、純粋な空だけが遥か頭上を覆っていた。
 ブロンドの少年は浅く息を吸う。鈍色の空気がわずかに動く。肺を満たす気の滅入るような濃厚さ。
 少年は首元を押さえる。鋭利な痛み。けれど傷はどこにもなくて、痛覚だけがあるはずのない傷を訴え続ける。
 ――やがて痛みは過ぎ去る。少年はふらふらと繰り人形のように不確かな足取りで歩き出した。
 此処が何処であるのか、という至極もっともな疑問は、此処は此処なのだという妙な納得の中に押し込まれてしまった。
 誰か、誰か……他人を呼ぶ、この消え入りそうな声は果たして本当に自分のものなのか、自信はない。
 けれど、少年は求め続ける。少年はただ誰かに会いたかった。
 この枯れ果てた街の屍に抱かれて孤独に耐えるなど出来そうもなかったから。
 十五にもなって独りを恐れるなど、友人に知れたら笑い者にされそうだった。しかしそれでも構わない。この心臓を握られているかのような恐怖を取り払えるのなら。
 言葉は黄昏に押し潰されて、虚しさだけが満ちる。まるで静寂の中に埋められてしまったかのようだ。
 涙が零れようとしたその時、耳に届く音。はっと意識を研ぎ澄ます。それは足音のように思えた。どうやらその音は、右手の廃屋から聞こえてきているらしかった。少年に存在を知らせるかのようにはっきりと。床の軋みさえ届いてきそうだった。
 人が居る。死滅したも同然の体の、此処に。
 少年は安堵の波に押されて、迷わずそちらへ向かう。それはひときわ大きく、また、朽ちている家だった。片方の蝶番の外れた扉がキィギィキィと緩慢に揺れて、ゆっくりゆっくり少年を手招いているようである。隙間から覗くものは――何もない。
 しばし、躊躇する。果たしてこの扉を開けていいものか。孤独に怯える心とを天秤にかけ、ぎこちなく動く秤を後押しするように、再び……子ども特有のぱたぱたぱたぱた……という忙しない足音が、少年を呼ぶ。
 かたん、とテーブルに落ちたのは、孤独への恐怖。少年は慎重に扉を引いた。
 一歩中へと足を入れて――忘れていた痛みがよみがえる。首筋に走る、見えない傷。そっと押さえてみて、やはり何もない。
 不器用な息を吐き出して、また一歩、廃屋の中へ。とても暗い部屋だ。広さの検討はつかないが、息苦しいことだけは確かだった。
 ……ぱたぱたばたばたぱた……音は不思議と反響しあい、出所を隠す。けれど少年は直感的に感じる――近い。すぐそこから聞こえてくるようだった。
 ふらりふらりと音へ近づいて、少年はようやく分かった。
 それは――窓だった。足元でざり、と音がする。砕けた硝子が腐った床に散らばって、行く手を阻んでいる。
 音の正体はカーテン。半ばずり落ちた、激しく揺れる、萎びた布だった。
 訴えるように、詰るように、カーテンがうるさくはためく。しばらくそれを無言で眺め、立ち尽くす。誰かが居たわけではなかったのだ。脱力感に苛まれて……ふと、少年は違和感を覚える。
 揺れているカーテン。
 それはごく自然な光景のように思えた、が。
 ああ、そうか――刹那、理解する。
 風 な ど 吹 い て い な い 。

 ざりっりりりりりっ……。

 硝子が蟻地獄のごとく、床に吸い込まれていく。反射的に足をどけて、バランスを崩した体が壁にぶつかった。

 ……ずりぃ……

 硝子の次は、何かを引きずる重たい、湿った音。頬を一筋の汗が流れ落ちた。音は上から――二階から、聞こえる。少年が背を預けっ放しの壁の横は、よく目を凝らして見れば階段であった。その向こうの壁に、鏡がある。少年は背筋に寒気が走るのを感じた。男の子と女の子が、仲良く並んで映っている。ここに居るはずのない二人のあどけない笑顔に、言葉も出ない。

 ……ず、ず……

 重低音の行進は確実に階段を降りてきている。
 逃げなくてはいけない。逃げてはいけない。
 相反する感情が駆け巡り、どちらの命令も聞けずに足は震えるばかりだ。
 ――と、少年が足を抑えた瞬間。
 ぽとり、足元に何かが落ちてきた。少年は無意識のうちにそれを見やる。
 ぬいぐるみ。
 それは女児がままごとに使うような、女の子を模したぬいぐるみ人形だった。
 腹を裂かれて、綿の代わりに内臓を撒き散らした、グロテスクな微笑の。デフォルメされた手足がじたばたと、あるはずのない風に煽られてもがく。
 ひっ、と掠れた空気が喉から漏れる。視線を上げた拍子に、再び鏡が視界に入った。
 少年の姿が消えていた。それだけではない。
 あどけない表情から一転して、にたにたと笑った少女がこちらを見下ろしている。ガラス窓に張り付いて家の中を覗き込むように――

「    !」

 言葉にならない叫び――否、本当に叫んだのかさえおぼろげで。
 そして、人形や鏡に気を取られている間に階上の音はすぐそこまで来ていた。足首に生ぬるい感触が訪れる。掠れた息を吐きながら、階段の一段目――首をありえない方向へ曲げた少女を見やった。そのぬめる手が、少年を逃がすまいとしている。

「trick or treat……愛をくれなきゃ、殺しちゃうよ」

 赤紫色に変色したかさかさの唇が動く。けたけたと、鏡の少女が笑う。その顔は赤く染まっていて、背後に少年の体が倒れているのが見えた。
 ああ、あの男の子は――自分だ。あの惨劇を、鏡は一部始終見ていたのだ。

 少年の首筋が、はっきりと、裂けた。
 割れた硝子。
 自身の手も赤く染めながら、振り上げられた手。
 生暖かい、首元。
 ここは……自分の家。最期を迎えた、あの場所。

「ううん……愛をくれなかったから、殺しちゃった。あなたと、私を」

 ――ここなら、ずっと一緒だよ。二人だけの、世界だもの。

 一段と強く、カーテンがはためいた。

 アア、アァ ア……嗚呼あぁアアァ ! ……! ――!

 夢か現か、誰かの叫び声がこだまし続ける。

UP:2009/11/30