アポロ

 検索ワードを入れて、エンターキーを押す。ずらりと出された検索結果のタイトルをざっと流して、いくつか気になったものをクリックしていく。
 しかし、俺の迷いを表しているかのように乱立するブラウザを見ているのがいやになって、そっと電源を落とした。
 ――宿題出てたし、日本史でもするかな。


 勉強道具一式を持ってリビングにやってきた俺の視界に入ったのは、隣接する庭で遊ぶ妹の姿。手に背丈ほどの棒を持ち、よろよろとくたびれたダンスを踊っているようにも見える。
「なにしてんの」
 ベランダを開け、声をかけた。すると妹は得意げな顔をして振り返って、
「みーちゃん、大人になったらまほうじんクルクルになるから」
 斜め上の回答に、は? と間抜けな声が漏れる。
「え、知らないの? うそー。にいちゃん、おくれてるー。今ようちえんでちょーはやってる」
 言葉だけはそこらの女子高生のようで、可愛げもへったくれもない。しかし、たどたどしい口調と棒に振り回されてる感のある小さな体が、かろうじて幼稚園児らしい愛らしさを醸していた。
「クルクルは魔法の名前だろ。なれるわけねーじゃん」
「なるっていったらなるの!」
「じゃあ長い声で鳴いてみろよ」
「にいちゃんがなけ!」
 ぷう、と頬を膨らませて抗議する妹。力んだ拍子に棒が手からすべり、地面に落ちる。
「ほらほら、大事な杖を落とすなよ」
 拾ってやると、奪い取るように体に抱えた。おい、せっかく取ってやったのにその態度はなんだ。可愛くねぇな。
「にいちゃん、ご本は? 書かないの?」
 妹は好奇心満載の瞳で見上げてきた。「いや、まだ」と、言葉に詰まる。
「えー?」
 杖もどきの枝先はカリカリと、不器用な魔法陣を描き続ける。
 ――実はさっき調べていたのも、公募関係の情報や書き方講座のサイトだった。
 ただあまりにも多すぎて、なんとなくいやになっちまった。そのうち関係ないサイトも見だし、結局何をしたかったのかも忘れて。脳内がバグ起こしたみたいに、ぐるぐるぐるぐる、処理しきれない情報が氾濫する。
 だんだん、本当に作家になりたいのかどうかも怪しくなってきて、そんなんじゃダメだと思っても、しょせん自分の才能なんてたかがしてているんじゃないかって、ネガティブになっていく。
「……お前、本気で魔法陣クルクルになるつもりか?」
「にいちゃんひつこい!」
「しつこい、だろ」
「そういうの、うざいっていうんだって。ママがいってた」
「泣かすぞお前」
 妹はべー、と舌を出して、『魔法』に集中しだす。発動するはずもない『魔法陣』を、延々と、飽きもせず。
 それをぼうっと眺めていると、悩んでいたことがとても小さなことに思えてきて、無意識に「よし」と呟いていた。
 大統領と首相の名前を覚えるのは、夜にしよう。

UP:2009/11/10