伝説の不良在庫

「アンティエラさん、本当にありがとうございました」
 母スライムがぺこりと体を傾ける。その隣には寄り添うように、ドラゴンと子どもたち。こうして改めて眺めてみると、マジでいびつな一家ね。だいたいこの子たちってどうやって生まれたの? 細胞分裂? でもそれじゃあダンナの要素なんにも入ってないわよね……。謎は深まるばかりだわ。
「これでまた、家族全員でのんびり暮らせます」
 子どもたちが母親の言葉を受けて「お外!」「明るい!」と大はしゃぎ。こんな暗くて高レベルなダンジョンじゃあ思いっきり遊べなかったのね。
「いーのいーの。お礼なんて。それより……」
 ちら、とすっかり大人しくなったドラゴンを見上げて、
「伝説の剣はどこに?」
 私の隣に立つ勇者も「そういえば見当たりませんね」と今更ながらに気づいたようだった。あんたそれでも勇者か! 真っ先に気づくべきところでしょう! つーか忘れてたんなら言わなきゃよかった!
 後悔に頬を引きつらせていると、スライム夫は『目の前にあるぞ』いたずらっぽく笑う。「え?」と勇者と二人顔を見合わせると、ドラゴンはがぱっと口を開いた。鋭い牙が覗く。そして上体を弓なりにそらすと、戻るときの反動を利用して何かを吐き出した。重たい音を響かせて、私たちの後ろに着地する物体。
「危なっ!」
 睨み付けると、ドラゴンはおかしそうに笑っているだけ。こいつわざとおどかしやがったわね……。
「これ……もしかして本物の『伝説の剣』なの?」
 僧侶が恐る恐る、といった感じに覗き込む。私はさり気ない自然な動作で彼女を押しのけて、まじまじと吐き出されたブツを見つめた。スライムの子どもたちも私の隣にやってきて、瞳を輝かせている。珍しい虫を見つけた少年みたいだわ。
 切れ味の良さそうな刀身に、黄金色の柄。立派な装飾が施されてるのかと思いきや、案外普通の剣なのね。
「まさか飲み込んでたとはね……」
 唾液とかそれ以外の何かでべとべと。さ、触りたくねぇ……でもそんなこと言ってる場合じゃないわね!
『自分の中にあるのが一番安全だからな』
 自信満々に胸を張る。
 でもこんな切れ味の良いもの飲み込んでよく平気だったわね。さすがはドラゴンってとこかしら。
『さて、私たちは帰るか。もうここに用はない』
「あ、じゃあ『タウンワープ』でも差し上げましょうか? 今回は特別に、鱗一枚と交換で良いですよ」
 すかさず申し出ると、ドラゴンは(多分)苦笑いをして『大した人間だ……だが、まぁ、良かろう』頷く。硬い鱗を受け取り、ドラゴンはスライムたちを背に乗せて文句を唱える。全身で別れを表現するスライムたちに手を振り、彼らが消えたあとうふふ、と笑みを零す。
 凄いわ、地竜の鱗よ? いったいいくらで売れるのかしら! 楽しみだわー!
 でも今は、伝説の剣よ。所有権が誰にあるのかってことの方が気がかり。同時にお宝を見つけたときって大抵山分けで話がまとまるけど……この場合、刀身と柄の部分に分けるっての? それとも縦に真っ二つ? 無理ね。即却下だわ。
「良かったじゃん、簡単に手に入って。早く装備しちまえよ」
 魔法使いが勇者を前に押しやる。ああ、勝手なことを!
「ちょっと待って! 私が!」
 咄嗟に勇者の腕を掴む。振り返った紺碧の瞳が、困ったように私を見下ろしてくる。だからなんで普段のあんたはそんなに弱そうに振舞うの!? 困ってるのは私も同じだっつーの!
「アンティエラは関係ないでしょう? そもそもどうしてこの場に居たんですか?」
 僧侶が冷静に突っ込む。前から思ってたんだけどこいつ絶対私のこと嫌いでしょ。
 でもほら、こうやって場が丸く収まったのは私が居たからだし、一番の功労者は私じゃない? どうせ勇者には売ってあげるんだから、一度私にくれたって……
「アンティエラさん」
 僧侶に答える前に、改まって私を呼ぶ勇者。
「はいはい、何をお求めですか? 最終決戦前に必要以上にアイテムを購入して使わない憂き目にあえば良いと思いますって違う!」
 ついついクセで商談に持っていこうとする口をムリヤリ止めて、勇者を見上げる。その瞳の奥に宿るのは――決意。
「僕、感動しました」
「……は?」
 いきなり何? 私の戸惑いなんてどこ吹く風の勇者は、がしっと私の手を握り締めて、なおも言葉を続ける。
「さっきのやり取りを見て、思ったんです。魔物と人間は決して理解しあえない種族ではない、と」
「お前何言って」
「二人にも聞いてほしいんだ」
 魔法使いの言葉を、強い調子で遮る。穏やかさに隠れた、有無を言わせぬ迫力に全員が押し黙った。
「お互いに支えあい、共存する世界。魔王が滅んだ世界が幸せではないのだと、今更ながらに気づきました。アンティエラさんのお陰です」
「あらそぉ……」
 私はそんな高尚な考え方はしてないけど。結局、すべては自分のためだもの。お金を稼いで、自分の店を王都に構えて、それで……その後私はどうするのかしら?
 その先にあるのは――墓前での約束を果たした私に残るのは、なんだろう。
 ああ――と弱い息が漏れた。漠然とした考えなのは、私も同じだったのかもしれない。
「魔王に和解を提案してみようと思います。魔王だって、話せば分かってくれると思うんです」
 パーティ二人は目を見開いて、ぎょっとしている。私もきっと、さっきまでの感傷なんて忘れて、同じ表情をしていたに違いない。その発想はなかったわ。
「和解って……勇者さま! そんな生温いこと受け入れてくれるような存在じゃないですよ!?」
 僧侶が血相を変えて叫んだ。紺碧の瞳が僧侶を捉え、そんなことはない、とでも言いたげに優しく細められる。
「今のドラゴンとスライムを見ただろ? 絶対に分かってくれるよ」
 そして炸裂する最強技、勇者スマイル。追加効果は沈黙。
 彼の周囲だけやけに眩しく見える。
「あの~、それで伝説の剣は……」
「はい。それはアンティエラさんに持っていて欲しいのです」
 ――は? 今なんつった? 私が『持つ』って……?
「魔王を殺せる唯一の剣。そんなものを持って話し合いをしたいなどと言っても説得力なんてありません。まずはこちらが誠意を見せねば」
 そりゃそうかもしれないけどぉ……勇者しか装備できないのよこれは。私が持ち続けてたって意味ないわけ。そこんとこ分かってんの?!
 魔法使いに助けを求めるように視線を送る。肩をすくめるだけで、反対する気配はない。僧侶! 呆れ顔で私の視線に応えた。
 孤立無援。四面楚歌。八方塞。私は愕然とする。
「そ、それで、アンティエラさん……無事に帰ってきたら聞いて欲しいことが……」
 そう言う勇者に、なんて答えたかは覚えてない。ていうかその後の会話なんて全部右から左で一っ言も記憶に留めらんなかった。でも彼の表情から察するに何かしら肯定の反応を示したんだろうと思う。
 勇者たちが去った後、一人取り残された私は足元に転がる『伝説の剣』を見下ろす。唾液にまみれたそれは、捨て犬のような哀愁を漂わせていた。
「勇者が買わなかったらこんなの……」
 魔王を滅するためだけに存在する武器。全人類の希望の結晶。平和への道しるべ。
 けど今となっては――
「こんなの、ただの不良在庫じゃなああぁぁあい!」
 反響する声は、ただ虚しさを強調するのみ……。



 あれから数年。何をもって平和というのかは分からないけど、世界はおおむね平和だった。魔王の軍勢が攻め込んでくることもなく、けれど魔物が姿を消すわけでもなく、勇者が魔王城へ行く前と何も変わってないように見えるけど、やっぱり平和になったんだろうって思う。
 私はといえば、相変わらず行商を続けている。勇者が伝説の剣さえ買ってくれれば、今頃は店長なんて呼ばれてたかもしれないってのに、もう!
 けど、こうして行商人をしていることに安心している自分が心の片隅に居るのもまた、事実。
 子どもの頃に誓った、小さな身には持て余すほどの大きな夢がずっと私の生きる糧だった。それを安易に失わずに済んで――私はなんだかホッとしているんだ。
 伝説の剣なんて裏ワザ使わなくても、私はきっと店を開いてみせる。だから、見ていて欲しい。
「お父さん、お母さん……」
 もう随分長いこと口にしなかった単語が、自然と唇から漏れた。見上げた空はゆるやかに雲を運ぶばかりで、当然答えはないけれど。
「ちょっとぉ、待ちなさいよこの悪態男ぉ!」
 少し感傷的になっていた私の横を、風の如く駆け抜けていく男のシルエットがあった。そしてそれを追いかけるのは、翼を広げた美女。ティミアで出会った、あのエンプーサだ。どうやら彼女、魔法使いに本気でアタックしてるらしい。最初に出会ったときの妖艶さなんて微塵もなくなって、恋に恋するお年頃の乙女も裸足で逃げ出す「女の子」っぷりを発揮している。
 とはいえ、たとえ夢魔としての本能だろうが本気の愛だろうが、求愛を受け入れた先に待ってるのは、あんまり宜しくない未来。魔法使いも必死よ。
「誰が待つか! どっか行けストーカー夢魔!」
「ス、スト……ッ!」
 まだまだ前途多難のようね。あーあ、半泣きで追いかけてるわ。だから惚れ薬作ってあげるって言ったのに、百万ゴールドくらいで。そんで「夢魔と人間の愛は成立するのか?」をテーマに観察記録書いてみたら、学者連中に売れるかしらねぇ。
「あの二人は相変わらずですね、アンティエラさん」
 私の隣を歩く美青年――元勇者が苦笑する。どうしても行商人がやりたいって言うから、仕方なくお手伝いとして同行させてあげてるの。お陰で女性客つかまえるのには苦労しなくなったけどさ。ちなみに、聞くところによると僧侶は自分の教会に戻って慈善活動に精を出してるのだとか。懺悔を一言で斬り捨ててそうで怖いわ。
「脈なしなんだから諦めれば良いのに。エンプーサのプライドが許さないのかしらねぇ」
 それにしても、ああやって魔族が堂々と街中を歩いてるのに誰も気にしないのは、やっぱり平和になった証よね。私も商売がしやすくって助かるわー。
「で、でも、いつかは振り向いてくれるかもしれないって思えば、追いかけるのも楽しいのかなって……」
「あらなに? かつての仲間よりもエンプーサの味方するの?」
 言うと勇者は「いえ、そういうわけじゃ……」なんてごにょごにょ言っていたけど「そんなことより、今日はどこへ行くんですか?」話題を変えてきた。
「ジーア地方。私の故郷があるのよ」
「ではご両親の……」
 そ、墓参りも兼ねて。慌しくって全然帰ってなかったからね。墓前でいろいろと報告したいこともあるし、頃合だと思うわけよ。それに――
「バリバリ新規開拓するんだから、気合入れて行くわよ! はい、今あっちで旬な商品は?」
 若干影を落とした表情の勇者の鼻面にびしっと人差し指を押し付ける。
「え? えっと……」
 日頃からちゃんと情報収集してないからこんな簡単な問題で詰まるのよ。抜き打ちでテストするって言ってあったのに。そんなんで商人になりたいなんて百万年早いわ!
「道すがら勉強よ。私は厳しいからね!」
「はい、アンティエラさん!」
 ――まったく、返事だけは良いんだから。