封印の間

 スライムが封印の間と呼んでいたそこは、洞窟の中とは思えないとても広い場所だった。恐らく「星の大空洞」と言われている地下空間。この目で拝むことができるなんて夢にも思わなかったわ。けど、夢に描くことすらバカバカしくてしなかった現実が今、目の前にある方が重要だわ!
「あら……夫は地竜[ガイアドラゴン]なんですよ。言いませんでした?」
「聞いてねーよ! どういう経緯でこんな超異種族結婚したのか百字程度でぜひともお聞かせ願いたいわね!」
 低レベルなコントを繰り広げている間にも、ドラゴンは私たち――っていうか私オンリー? に狙いを定めて炎やら土塊やらを飛ばしてくる。
 さすがの私も世界最強と謳われるドラゴンを相手にしたことはない。滅多に人前に姿を見せない種族だし、姿を見た者は生きて帰れないって伝説までくっついてるのよ? それがどこをどう間違ったらスライムと夫婦になんかなるのー!
「ねぇちょっと、ダンナの暴走止めてよ! 戦わないように説得したいんでしょ? これじゃあ話し合いどころじゃないわ」
 それに剣はどこ? 見通しはそこそこ良いにもかかわらず、それらしいものは見当たらない。ドラゴンの後ろに隠れているわけでもなさそう。
 ま、まさか既に勇者たちに……? それじゃあ私がここに居る意味ってまったくなくなってくるわよね!?
「あなたー、私よー。ちょっと落ち着いてー」
 青褪めている私の横で、スライム母がのんきな説得を試みる。地竜の爬虫類のような瞳が私達を見下ろし――なんか余計に闘志を滾らせているように見えた。
『人質とは卑怯な。待っていろ、すぐ助けてやるからな』
「待て! それ盛大な勘違い!」
 スライムの言葉も私の否定も聞こえていないのか、ドラゴンの周囲にでっかい炎の矢が出現し、私を貫こうと猛スピードで向かってくる。
 ドラゴンお得意の炎魔法。慌てて結界を張るも、衝撃で防壁は霧散した。弾けた魔力は粉塵を巻き上げて、しばし視界を奪う。つ、つえー! 相殺されたことなんて今まで一度もなかったのに。フレイムデビルの攻撃だって防ぎきった私の防護壁を一撃で粉砕するなんてもう笑うしかないわ。
 余裕のドラゴンはとにかく押せ押せで、攻撃の手を緩める気配はない。カートを、スライムを守りながらの防戦。
 いい加減避けるのも限界だし、これってもしかして、
「ピンチってやつ?」
 もう一度説得してもらおうとカートを振り返ると、振り回されすぎて酔ったのか、親子そろってばたんきゅう。変な液体を吐き出して目を回している。この肝心な時に! しかも私の大事な商品が溶けてる!
『愛する家族にその仕打ち。容赦せぬぞ』
 テメェのせいだろーが! 声は怒りの咆哮にかき消される。
 な、なんて自己中なドラゴンなのかしら! それともドラゴンはみんな世界が自分中心に回ってるとでも思ってるの?
 攻撃を完全にはかわしきれず、足がもつれてバランスを崩す。カートは死守。私だけが派手に転んだ。
「やべっ……!」
 体勢を立て直したのと、ドラゴンが炎を吐いたのは同時だった。間に合わない――!
 ああ、こんな中途半端なところで終わるんだったらあのとき両親と一緒に死にたかった……と、完全諦め思考に入った私を抱きかかえる腕。物凄い速さでその場を離脱するとさっきまで私が居た場所に炎がぶち当たる。カートは無事みたい。
「な、うわ……」
 私を見下ろす心配そうな瞳に、しかし言葉にならないうわ言を返す。落とし穴に消えていった我らが勇者様のご登場。
「お怪我はありませんか、アンティエラさん。まさかこんな場所に居るなんて……心臓が止まりそうでした」
「いーえー……ちょっと野暮用で……」
 うるうるの紺碧の双眸から視線をそらす。
 今勇者が来たってことは、伝説の剣はまだここにあるっていうことよね? 隠し部屋でもあるのかしら。
「おい、先走るなよ! お前ってなんでいつもそうなんだ!?」
 魔法使いの苛立つ声と荒々しい足音が近づいてくる。
「――ア、アンティエラ? どうしてここに」
 疑問に、勇者に対してと同じように答える。僧侶も目を丸くして、驚いているのか呆れているのか。
『勇者パーティか。その女もろとも蹴散らしてくれようぞ』
「それは僕の台詞だ」
 珍しく勇者が闘志を見せて、肩書き相応の迫力を見せた。ああ、今日はいつも通りのか弱い感じで通してくれて構わないのに!
 私を放すとドラゴンを睨みつけ、剣を構える。魔法使いは杖に魔力を灯し、僧侶は補助魔法の準備。戦う意思も用意も万端ってところね。
 両者は刹那火花を飛ばしあい。
 勇者が地を蹴り、魔法使いがド派手な攻撃魔法を繰り出し、僧侶が彼らの能力を格段に上げる。身体能力が飛躍的に上昇した勇者はひとっ飛びでドラゴンの眼前に迫ると、硬い鱗に覆われた皮膚に一撃を喰らわせる。そこへ魔法の追撃。
 ドラゴンの悲鳴とも怒声ともつかない雄たけびが響く。
 あらー……やっぱり勇者って強かったのね。今だけは勇者って肩書きが伊達であってほしかったわ。
 最終決戦さながらの激闘を横目に、そろそろと移動。カートの中を覗くと、スライムの子どもたちが目を覚ましていた。
「お父さん、お母さん」と泣きじゃくる姿にどきりと心臓が跳ねる。幼い日の自分と重なって、暗い思い出に心がざわついてきた。癒えたはずの傷口が、なんだか痛い。
「行っちゃダメよ」
 スライムごときがのこのこ出て行ったって、消し炭にされるのがオチ。きっとやった方もやられた方も、何が起こったかなんてさっぱり理解できないに違いないわ。
 二人を制し、すっかり勇者に夢中なスライム夫を見上げる。両者とも傷が増えていくけど、勇者のはタイミングよく僧侶が癒していくから結果的には癒しの術を持たないドラゴンが不利ってことになる。つまり、家族の見てる前でご臨終なんて事態に……それで勇者が颯爽と伝説の剣を奪って行っちゃったりなんかしたら……
「――超気まずいじゃん!」
 いやもう気まずいってレベルの話じゃないんだけど、とにかく空気は凍る!
 私は駆け出して、とにかく声を張り上げた。
「ちょっと、全員止まって! 話を聞いて!」
 なんて言って動きを止めてくれる素直な性格だったら、苦労もしないんだけど……やはりと言うべきか、私の言葉は誰の耳にも届いていない。派手な爆音や叫び声唸り声が響く中、私みたいなか弱い乙女の声が通るわけがないのよ。声じゃなくて、こういうときは力ずくで止めなきゃね。スライム親子も多少の傷は大目に見てくれるに違いない!
 少し距離を取り、陣を描く。私の行動を見咎めた誰かの声が聞こえたけど――
「話を聞かないあんたたちが悪いのよ!」
 手の平に集まった魔力を、だんっ、と大地を叩き込む。魔力は木々の根のごとく床下に張り巡らされ、姿を得て私たちの前に現れる。
「こ、これは……!?」
 勇者の狼狽した声。魔法使いも僧侶も、ドラゴンさえも同様に、困惑と焦燥を浮かべて私を見る。
 つるのように伸びた大地が彼らの体にまとわりつき、自由を奪う。殺傷力のある魔法は陣を描かないと出せないから、後衛は完全無力化。
 動きを止められた全員の視線が私に注がれる。
「少しは落ち着きなさい、この戦闘バカ! 特にそこのアホドラゴンは思い込みの激しさを何とかしろってのよ!」
『むぅ……最強の存在に向かって何たる口の利き方』
「これを見なさい!」
 炎を吐かれる前にささっと子どもたちを抱え、示す。
「あんたが戦ってるのを見て、ぴーぴー泣いてるわよ! 気づかなかったの? あんたそれでも親!?」
 私の剣幕に押し黙る一同。風ひとつ、私の邪魔をしない。唯一声を上げているのは、子どもの二匹。
「それだけじゃないわ。あんたさっき、奥さんをまるっと無視したわね。本っ当にもう信じらんない! それで愛する家族? 鼻で笑っちゃうわね!」
「奥さん……?」
 勇者が怪訝な顔で周囲を見回す。その視線がカートのスライムに止まって、まさか、という感じで私を見る。やっぱ常識的に考えて無理ありすぎる組み合わせよね。
 ドラゴンは唸り、言葉を吐き出す。
『家族のことは本当に大切に思っている。ティミアへの転勤を承諾したのも、昇格すればより家族に楽をさせられると……』
「全っ然分かってない! 奥さんはね、私に言ったわよ。あんたが無事に帰ってくるなら伝説の剣なんて守らなくて良いって。家族が欠けることがどれだけ恐ろしいか……常に奪う側だった世界最強のドラゴン様には分からないのかしらね」
 ドラゴンの気配が刹那にして変わる。ぶるぶると身を小刻みに震わせて、怒ってるっぽい。
 あらやだ皮肉が過ぎたかしら。
 でも言ったこと、後悔なんかしてないわ。その恐怖が、孤独がどれだけのものか……私は知っているから。「だいたいあんたね……」と、さらに言い募ろうとしたとき、
「あなた」
 と。
 水のように静かな声が、そのくせやけにはっきりと耳に届いた。母スライムがいつの間にか目を覚ましたみたいだった。
「楽をしたいなんて思ったことないわ。雑草を酸で溶かして食べるような質素な生活でも良いの。私はただ、家族で楽しく暮らしたいだけ」
 いやそれ、かなーりイヤなんですけど……ここに居る人間は全員同じツッコミを入れたに違いないわ。でも実際に口に出すのは野暮ってもんよ。
「ねぇ、もう止めましょう。仮にこの勇者を撃退しても、その称号を持つものはまた現れる。そして……あなたもいつかは倒れる日が来る。私はあなたに死んで欲しくない。のどかな始まりの草原で、また暮らしましょうよ」
 沈黙が流れる。空気が振動を忘れてしまったかのような、痛い静寂。私の魔法が解ける。勇者は剣を握りなおして、しかし動かない。
 やがて――
『……すまなかった』
 ぽつりと、弱い言葉が落ちた。