ひとときの仲間

 ちょっとちょっと、ティミア地下洞窟ってそんなに重要なダンジョンだったの!? 伝説の剣よ、伝説の剣! だから魔物も情報くれなかったのね。あの忠誠心のない自己中エンプーサに感謝しなくっちゃ。
 伝説の剣。それは勇者のみが装備することを許された最強の武器、魔王を倒すためだけに作られた唯一無二の希望!
 エンプーサと別れた後、私はひたすら突き進んでいた。もうちまちまと小銭を稼ぐ必要なんてないわ!
 頭にあるのはただひとつ。
 勇者よりも早く伝説の剣を手に入れ、高額で売りつけること――
 ダンジョンのアイテムは、一番最初に拾った人間に所有権がある。それは伝説の剣とて例外ではない! だってこの法律で伝説シリーズのことなんて書いてないもの。
 しかし。勇者達よりも早く剣に辿り着かなきゃ――と逸る気持ちとは裏腹に、行く手を阻むトラップに引っかかったりして、大幅なロスを余儀なくされていた。
「あぁもう、何なのよ! 落とし穴ばっかり!」
 マップにバツ印を記す。何個目だと思ってるの? もうマップは複雑怪奇な迷路状態。ひとつのダンジョンにここまで踊らされたのは初めてだわ。さすがね。地下洞窟のくせに更に地下へ突き落とすなんて、ジョーダンじゃないってのよ。
 カートはこのくらいじゃ壊れないけど、このままじゃ私の体が先に悲鳴をあげそう。打ったお尻をさすりながら見上げれば、今まで歩いていた道は遥か頭上。また上へ戻るルートを探さなきゃ。
「こんなんじゃ勇者たちに追いつかれちゃうわ!」
 地図を見ると随分歩いたようだけど、落ちた後に上へ戻るためにうろうろしてただけだから、実際は大して進んでない。
 落下音に引き寄せられるように魔物たちが寄ってくる。中にはいきなり攻撃を仕掛けてくるのも居たりなんだりで、それを迎え撃つのも時間の無駄遣い。和解した後はいつも通りアイテムを売りつけて……
「……だからそんな時間はないのよー!」
 これが職業病ってやつか! まったく恐ろしいわね。
 突然の叫びにカートを漁ってた魔物たちがびっくりしたように私を見る。
「これから何か用でもあるの?」
 キングラットが小首を傾げる。でかい図体に小さな瞳。ふさふさとは言いがたいけど、洞窟暮らしにしてはさらさらの毛並み。大きいことを除外すれば見た目は結構チャーミング。でも口元から覗く鋭い牙が可愛さの裏に隠れた凶暴さを主張している。そう、噛まれたら一発であの世行きの凶悪モンスターよ。これでも。
「ちょっと野暮用がありましてぇ」
 そそくさとカートを持ち直して、「それでは、私はこれにて失礼!」風の如くその場を去る。なんとか上へ戻る道を見つけて、しかし気合で這い上がって来た私を出迎えたのは、どんなモンスターよりも最悪な相手だった。
「あれ? アンティエラさんじゃないですか」
 肩で息をする私へ伸ばされた手の先。私の営業スマイル以上の笑みを浮かべた勇者が立っていたのだった。
 がーん! 完っ璧に追いつかれてる!



「それにしても驚きましたよ。まさかアンティエラさんがこんな場所に居るなんて」
「ほ、ほほほ……どんなニーズにもお応えするのがアンティエラの移動ショップですから」
 何の因果か勇者と肩を並べて歩いてる私。後ろを守る僧侶の視線が背中に刺さってかなり痛い。私が何したって言うのよ、あぁ!? お前にガン飛ばされずともこっちだって早く別れたいわ! 
「勇者様、少し気を緩めすぎではありませんか」
 僧侶の刺々しい声。怒りの矛先は私ではなく勇者へ向かったらしい。
「いやよく見てみろって。気合十分じゃねーか」
 そこへ横槍を入れる、なんか口調にチャラさが増してる魔法使い。茶化す気満々の響きを含んで、「なぁ?」と同意を求めている。勇者はといえば、いつかの時と同じく顔を赤らめて「いや、まぁ……うん」ごにょごにょ。お前もっとはっきりせんかい! と思わずツッコミたくなるくらい。世界を救う勇者がこんな気弱で良いわけ?
「あ、あのぉ~、私そろそろ帰ろうかなぁとか……」
 そろりそろり挙手。勇者は顔色を変えて、
「危険ですよ! 入口まで、いえ、最寄の街まで送ります」
「本気で結構です」
 つい本音が出た。
「遠慮なさらずに。僕たちも大した用事じゃありませんから」
 さっきから一緒に居たくねーオーラ出しまくってんのに、もう! だいたい大した用事でしょ、なんてったって目的は伝説の剣なんだから。私に気づかれないための作戦? ざーんねんでした、私はもう知ってるのよ! 遠ざけようったってそうはいかないわ。
「あらイヤだ、勇者様たちの用事が大したことなかったら、世の中に重要なんて言葉なくなっちゃいますよ。だからホントーに私のことは気にしないで」
「いえ、弱者を守るのは勇者の務め。何事にも勝る重要な役目なのです」
 私は弱者じゃねー! 私にだけはそんなご立派な勇者精神を発揮しなくて良いんで……内心から溢れ出る言葉が洪水になり、ついに決壊しそうになったとき――
「見つけたわよ。悪態魔法使い」
 どこからともなく降りる声、蝙蝠にも似た羽の音。背後の魔法使いが「げっ」と漏らした。
 優雅に舞い降りる影が、眼光鋭く私達――正確には、魔法使いを睨みつける。絹のような髪に艶めかしい四肢。忘れるはずもない、沈黙のマスクを売りつけたエンプーサだ。
 勇者が剣を構えるよりも、魔法使いが呪文を唱えるよりも早く。エンプーサの悲痛な怒りが洞窟を震わせた。
「私のこと、なんて言ったか忘れたとは言わせないわ……!」
 思い出したのか目元にじんわりと涙が浮かんでいる。ちょっとした刺激でも泣き出しそうだ。勇者パーティはエンプーサの迫力に圧されたのか、戸惑っている様子だった。
 彼女が言っていたのって、このチャラ男のことだったのね。じと目で振り返ると、魔法使いはすでに逃げ腰で、「殺るか殺られるかって世界だろ! 悪口とかそんなレベルの話じゃ……」なんかエンプーサに向かって言うと卑猥な響き。
「絶対に許さない!」
 魔法使いの弁解なんて聞いちゃいない。
 飛び掛るエンプーサは魔族の宿敵であるはずの勇者には目もくれず、一直線に魔法使いへ。翼を打ちつけてバランスを奪うと、その口に沈黙のマスクを叩き付けた。見事命中、そして羽交い絞め。意外と肉体派なのね。
 我に返った勇者と僧侶が助太刀に入る。
 ――チャーンス!
 私はカートを持ち直し「足手まといは離れることにしますわ!」すたこらさっさ。近年稀に見る素早さでその場から退散した。勇者が私を呼んだような気がしたけど、そんなの無視に限る!
 戦闘の音はしばらくするとまったく聞こえなくなって、辺りは再び静寂に戻った。
 ああ、おかえりなさい私だけの時間! これで心置きなく前に進めるってもの……
「独りでは危険ですって、アンティエラさん。僕がお供しますよ」
 ぴき――と音を立てて体が石化した。メデューサもバジリスクも居ない場所でこの私を石にできるヤツと言ったら唯ひとりしか居ない。
「あ、あぁら勇者さま……奇遇ですね。エンプーサは良いんですか?」
「あの二人なら何とかなりますよ。それよりもアンティエラさんが心配で」
 何とかって、今まで苦楽を共にしてきた仲間に対してちょっと適当すぎやしませんか?
 うーん、伝説の剣狙ってるの、ばれてるのかしら。私の計画を阻止するために動いてるとしか思えないわ。
 私は思案する。勇者と目が合うととんでもない輝きを宿した笑顔が返ってきた。何がそんなに嬉しいわけ? 私の野望はまだ潰えてないんだから!
 余裕しゃくしゃくの勇者に対してめらめらと闘志の炎が燃えあがる。
 こうなったら……トラップの落とし穴に突き飛ばしてやるわ。容赦なくね! 私が死なないんだから、勇者なら楽勝でしょ?
「じゃあ、お願いしちゃおうかしら。こんな光球ひとつじゃ、怖くて前に進めないなぁと思ってたところだったんですぅ。ぜひ前歩いちゃってくださぁい!」
 さっきまでの否定的な空気を微塵も感じさせない究極のぶりっ子を炸裂させて、勇者の手を握る。うわ、なにこれ体温高。さっきから顔も赤いし、大丈夫? 熱でもあんじゃないの?
「……薬草でもお売りしましょうか?」
「あ、いや、じゃあ十枚ほど」
 手渡すときもやっぱり赤いし熱い。こんなか弱い男を突き落とすのはさすがに気が引けるかもしれない……。先導する勇者の背中を見つめながらため息をついた。
 しばらくは私達の足音と、車輪の音だけが響く。静かだ。静か過ぎる。魔物はほとんど襲ってこない。私が居るからかもしれないわね。存在自体が敵よけになるなんて、おいしいポジションだわまったく。
「そういえば、アンティエラさんはどうして行商人になったんですか?」
 沈黙に耐えかねたのか、勇者が肩越しに振り返ってきた。
「……お金稼ぐためですけど」
「何か欲しいものでも?」
「そういうアナタは、どうして勇者に? 正直戦いとは無縁そうですよ。魔王を倒してそれからどうするつもり?」
 夢を教えるのもなんだか気恥ずかしくって、問いを返す。勇者は目を丸くして「さぁ……考えたこともなかった」呟いた。
「平和な世界になったら、普通に暮らしていこうって何となく思ってますけどね」
 そんな漠然とした心構えでよく全人類の希望を背負えるわね。ある意味大物だわこの男。
「でも最近、というか少し前から、アンティエラさんと行商をするのも、なんだか楽しそうだなって……」
「冗っ談! 何言ってるんですか勇者さまは」
 私の目標は王都に店を持つことなんだから、いつまでも行商人をやるつもりなんてないのよ。そんなに行商がやりたかったらひとりでやってよね。このカートくらいなら餞別に譲ってあげても良いわよ。
 うふふ、とこっそり笑みを零す。対する勇者はどこかしゅんとした様子を見せていた。
「そ、そうですよね……僕みたいな素人が一緒じゃ迷惑……」
 言葉はそこで途切れた。勇者の姿が消える。
「え、ちょっと!?」
 駆け寄ってみればそこには、私も散々引っかかった落とし穴が。ここの洞窟、ほんっとうに穴好きね! 下では勇者が痛そうに顔を歪めて上体を起こしていた。
「すみません、アンティエラさん……お恥ずかしい限りです」
 勇者なのに、こんなあっさり罠にかかるなんて……もしかして弱いの? 戦ってるとこあんまり見たことないから分からないのよね、彼の実力が。
「全然ダメですね、僕」
 力なく笑う姿が可哀想になって、気づいたら私は地図をひらりひらりと落としていた。「それどうぞ。レンタル料は千ゴールド、後できっちり請求しますから」
 勇者は私と地図を交互に見つめて、太陽のように微笑む。
「ありがとう御座います。――アンティエラさん、僕、諦めませんから」
 手を振って歩き出す勇者。なに今の。宣戦布告?
 あの清々しい、自信たっぷりの笑顔……勇者は本気ね! のんびりしてらんないわ!