次のステップ

 私は今とっても上機嫌。何故だか分かる?
 ひとつ。リネイブの村長から貰った礼金とマジックアイテムの売上で相当懐が温まったから。――でも私は満足しないわ。店舗オープン費用にはまだ足りないんだもの!
 そしてもうひとつ。勇者たちの次なる目的地が早々と決まったから。
 私の情報網舐めんなよ! 即断即決で引き離そうったってそうは問屋が卸さないわ、ほーっほっほっほ!
 次は炎洞窟とはまた正反対に位置する『ティミア地下洞窟』。勇者たちも頑張るわね。私も負けてらんないわ。
 ティミア地下洞窟は、超強力で極悪なモンスターがひしめく高レベルダンジョン……という話は聞いたことある。詳しいことはあまり分からない。
 私も過去に足を運んだことがあるけど、あそこの番人がまたお堅い仕事熱心なやつでさぁ。『アンティエラと言えど、入れるわけにはいかない。魔王様からの命令だから』とか何とか、良いじゃん一回くらい! 減るのはあんたの銭じゃないんだから!
「今日こそは、なんとしてでも入れてもらうわよ!」
 気合を入れるため、カートの音に負けないくらいの音量で叫ぶ。やがて地下洞窟の入口が見えてきた。森の木々が幾重にも重なり合って、しかも入口は岩で塞がれてるから、ぱっと見ただけじゃただの段差。私はその岩を軽く小突き、
「毎度ありがとうございます! あなたのアンティエラでーす!」
「……またお前か、懲りないな」
 ぬぅっと岩が動いて――現れたのは石の巨人ゴーレム。こいつが今みたいに体育座りするとピッタリなのよね、入口塞ぐのに。ネズミ一匹通る隙間もない。恐らく魔王もそういうのを計算してここに配属したんだと思うけど。
 ゴーレムの背後に続く洞窟は緩やかなカーブを描いていて、先までは見通せない。徐々に闇が濃くなっていく様はさすが高レベルって感じね。
「何度来ても、ダメなものはダメだ」
 地響きのような声。最初は聞き取るのに苦労したけど、もう慣れた。
「あっらやだ、そんな邪険にしないでくださいよぅ! 今日はお得な情報を持ってきたんですから、ね?」
「情報?」
 よっしゃ食いついた! 私はニッコニコと極上の営業スマイルを浮かべて、
「ええ、これはあなただから教えるんですけど――実は勇者パーティがここへ向かっているっていう確かな情報があるんですよ」
「勇者が? 本当か?」
 訝しげなゴーレムに頷く。嘘だったら私居ないし。それに私、商売ごとでは嘘なんかつかないわ。ある程度の値段は吹っかけるけど。
 お金っていうのはね、結局のところ、目に見えない『信用』ってものを人間が信じるために形にしたものだって私は思ってる。だから、私の父は……。
 私は頭を振った。今はゴーレムの突破が先よ!
「疑うんですか? 耳を澄ましてくださいよ、そろそろ剣戟の音が聞こえるかもしれませんよ」
 ゴーレムはじっと耳を澄ます素振りを見せた。あら素直。数秒後、「確かに聞こえるな」と唸り私を見据える。フレイムデビルと違って耳良いのね。侵入者の物音を察知するのは門番必須スキルってことかしら。
「そ、こ、で! これの出番なわけですよ!」
 いつもの愛想笑いでカートから取り出したるは魔法アイテム。その名も『ア・ストーン・ロング』。見た目はただの石ころだけど、実は使用者をしばらくの間石に変える、呪いと取れなくもない効果の一品! 動けなくなるけど、その間はあらゆる攻撃や魔法を受け付けないから、防御にはもってこいでしょ? しばらくすれば勇者たちも諦めるかもしれないし、試してみる価値は十分あると思うわけよ。
 私の説明を聞いていたゴーレムは「ふぅむ」と顎に手をあて、「支払いは?」と至極真っ当な質問を返してきた。これはかなり興味津々ね。ていうか買うっていう意思表示でしょこれは!
「普通でしたらおひとつ二千ゴールドでお譲りしてるんですがぁ……お互いに知らない仲じゃないですし、ここを通して下さるのでしたら、無料で差し上げますよ」
「本当に噂どおりだなお前は」
 肩をすくめて呆れている。こんな高レベルダンジョンにまで私の噂が届いていたなんて、凄いじゃない。継続は力なり! 地道な営業活動の賜物だわ。
「だが門番を任されている身としては……」
「通すことはできない、と」ゴーレムの言葉を引き継ぐ。予想通りの答え。ここまで来て渋るなよと言いたいが、そんなことは言わない。
「残念ねぇ。あなたのために仕入れたのに」
 眉を下げ、瞳を潤ませる……演技。
「もったいないし……勇者パーティに売りに行こうかしら? 不良在庫になるよりマシよね。ついでに洞窟の場所も滑らせちゃったりなんかして……」
 さり気なく、さり気な~く呟いてカートにしまい込む。「待て」ゴーレムがごっつごつの指で私を止める。つままれてる感覚。
「そう言う人間を無事に帰すと思うか?」
「これは何のためのアイテムだと思うの? 少なくとも勇者たちが来るまで効果は続くはずよ。ここが入口だっていう無言の合図になるわけ」
『ア・ストーン・ロング』は簡単に言えば時間稼ぎ用のアイテムだもの。今使わずしていつ使う!
 恐らく私の魔力ならこいつを倒せるけど、そんな無駄な労力使いたくないしね~。
「なんて女だ。とても人間とは思えん」
「私を通しますか? 通しませんか?」
 ゴーレムはあるのかどうか分からないような目を彷徨わせて、
「……仕方ない。通れ。代わりに、そのアイテムは置いていけよ」
 ため息をついた。
「はぁい、毎度ありがとうございまーす! おまけでもうひとつお付けしますねぇ!」
 ささっと商品を手渡して、気の変わらぬ内にと洞窟へ入った。車輪の音が闇の中で響き渡る。
 だい、せい、こう!
 かすかに差していた光が閉ざされ、ゴーレムが再び入口を塞いだのを知る。真っ暗ね。私は指先に魔力を集中させ、手のひら大の光球を生み出した。軽く指を振るとふよふよと浮かび上がり、周囲を漂い始める。
 完全に先を見通せはしないけど、多少はマシね。マッピングしながら歩くには困らないわ。ダンジョンの地図作成だけは、昔から技術的な進歩がないわね。こう、頭の中に地図が描けるような魔法を開発出来ないかしら。
「入口からずっとカーブで……なおかつ下り坂っと」
 紙にペンを走らせる。私のマッピング技術は天下一品だからね。いったい何枚の地図を自作したと思ってるのよ。自分でも覚えてないくらいだわ。
「横道は特にないわね。随分長い一本道だこと」
 しかしそれもやがて終わりを迎え、唐突に枝分かれした。立ちはだかる道は三つ。私に対する挑戦か。ハズレを引いたら笑えない目に遭いそうね。
「あぁら、人間なんて珍しいわね……?」
 頭上から降りる甘ったるい声。羽ばたく音が木霊して、私の前に着地する――妖艶な美女。
「なぁんだ、女だったの……残念、男だったら嬉しかったのに」
 いちいちフェロモンを撒き散らすこいつは、女としては完全な勝ち組、夢魔エンプーサ。女の私ですら一瞬くらっとくるないすばでぃ。男だったら理性吹っ飛ぶわよ、すぐに。しかし男性諸君、悲観することなかれ。半分くらいはこいつの魔力にあてられたせいだから。
「移動ショップを経営中のアンティエラと申しまぁっす! 以後お見知りおきを」
「ああ、あの有名な。……ちょっと欲しいものがあるんだけど」
「なぁーんでも言ってください! 品揃えには自信たっぷり雨あられですから!」
 これで「お前が欲しい」なんてどっかの変態みたいなこと言われたら魔法ぶっ放してトンズラこくけどな。第一それ商品じゃないし。
「相手を黙らせるものが欲しいのよ。殺すって意味じゃなくてね? 言葉を出せない状態にしたいわけ。そういうのある?」
 これはまた高度な要求ね。さすがティミア地下洞窟。要するに相手を沈黙にするアイテムってことよね。
「そういうことでしたら、これ! 名は体を現すを地で行く『沈黙マスク』がオススメです!」
 ケバケバな色合いをしたマスクを取り出す。
「残念ながら魔法アイテムは存在しないんです。でも! これさえあればもう安心! 言葉と、ついでに魔力も封じちゃいます」
 相手が外せないような状況を作るのはエンプーサに任せるとして、私はプッシュプッシュプッシュ!
「デメリットとしては、魔法に対する耐性が上がっちゃうことなんですがぁ……」
「それじゃあ意味ないじゃない」
 案の定の突っ込み。けれど私はにっこり微笑んで続ける。
「そこは腕の見せ所じゃないですかぁ? エンプーサともあろう者が、まさか魔力に頼りっぱなしだなんてそんなこと……ないですよねぇ? 男を落とすテクは魔族随一と聞いてますけど」
「……。そうよ、男なんて瞬殺なんだから」
 ふん、と胸を張る。さっきまでの気だるげな雰囲気はどこへやら。すっかりプライドを刺激されたようで「それ、頂くわ。消耗品じゃないみたいだけど、とりあえず二つ」右手を差し出してきた。
「まいど! 何色かありますけど、恋愛にぴったりなのご用意しますね」
 情熱の赤と冷静の青。私の勝手なチョイスにも文句は言わず、淡々と受け取っていた。
「あの悪口男に目に物見せてやる……!」
 なにやら闘志に燃えているようで、瞳の奥にはめらめらと炎が輝いている。そういえばエンプーサって、悪口とか罵倒に弱いって聞いたことあるわ。罵られると泣いちゃうんだとか。
 このフェロモン撒きすぎの「お姉さま」然とした姿からは想像も出来ないけど、案外可愛い一面もあるのね。
「今度はそっちが泣く番なんだから……」
「盛り上がってるところ悪いんですけど、お代をお願いしまぁす」
 エンプーサが「あ」とでも言いたそうに固まる。それはまるっとスルーして、
「二つで三千ゴールドでございます」
「男を虜にするテクニックとか……ダメ? 三千ゴールド以上の価値はあると思うんだけど」
 一瞬、それを本か何かにまとめて売り払うっていう案が浮かんだけど不確実だからダメ。個人的にすんごい興味あるけどやっぱダメ。
 感情に流されたら商売なんてやってらんないのよ!
「もし持ち合わせがないのでしたら。この三つのうち、どれが正解か教えて頂くだけでも結構ですよ」
 時は金なり、ってね。エンプーサは瞳を輝かせて「真ん中! 真ん中よ!」とあっさり教えてくれた。
 それは嬉しいんだけど、魔族として洞窟を守ろうとか、侵入者を排除しようとか、そういう考え方はないわけ? これじゃあ魔王も大変ね。
 なんて同情してたから、大事なだいっっじな情報を聞き逃すところだったわ。
「真ん中が一番の早道だから、『伝説の剣』への。頑張ってねぇ……」