炎洞窟の主

 私は反射的に防護壁を展開、灼熱の雨をかわす。
「もう、いきなりなんなの!」
 急にマグマが爆発したように見えたわよ!
 じゅうじゅうと煙を上げる地面。直撃したら即死よ、即死。少女は完全に腰が抜けたようで、あわあわと口元に手を当てていた。私は煙が収まるのを待って、ゆっくり視線を上げていく。
 なんなの、と言いつつも、マグマが爆発した理由は分かってる。
「フレイムデビル――思ったよりでけー」
 羽も含めて、私の三倍はありそう。
 宙に浮かぶ姿は、まさに炎の悪魔と呼ぶに相応しい禍々しさ。広がる羽は炎を纏い、爪は太く鋭い。あんなので引き裂かれたら、一撃で天国行きの片道切符が手に入るわね。
 勇者パーティは間に合わなかったのか……ヒーローは遅れて登場するものって言う伝説があるけど、間に合わなかったら意味ないじゃない。
 フレイムデビルはまだ眠いのか、大きく伸びをひとつ。
『んあー?』
 意外と間延びした声。目を細めて私たちを見下ろす。
『んだよ、人間が……俺のテリトリーに入ってくんじゃねぇ!』
 羽ばたき、纏っていた炎を飛ばしてくるけど、それも防護壁が弾いてくれる。私の防護壁は鉄壁よ、そう簡単に破られるもんですか。
「ほんっとうに寝起き最悪ね。機嫌悪すぎ」
 私は独りごちる。でも極力やさしーく応対して、
「初めまして、ボルキネッタ炎洞窟の主さん。私はアンティ」
 笑顔の私のすぐ横に、どでかい炎弾が着地する。
 おいこら、挨拶してるのよ私は! その最中に火吹くなんて礼儀知らずね! でもここはぐっと堪えて、笑顔をキープする。
「待って待って。落ち着いて。私たちは別に敵じゃないのよ」
 フレイムデビル、待ったなし。こいつ相当耳悪いんじゃないの? ムダに長いくせに! 耳の育成してる暇があったら聴力鍛えろってのよ!
 放たれた炎が防護壁に阻まれて飛散し、地面にぶち当たる。その衝撃たるや、タイタンの地団駄の如し。
 バランスを取っている私の後ろで、がしゃん、という音が響く。……がしゃん? がしゃんですって? こんな場所でそんな音を出すものと言ったら……油の切れた人形みたいにぎこちなく首を回すと、
「あーっ、カートが!」
 しかも、あろうことか横倒しになったカートから零れ落ちたのは薬草復活草毒草といった特に燃えやすい薬草類。めらめらと滾る炎に巻かれて、無残な姿になっていた。
 一番上に置いておくんじゃなかった……もう商品価値はゼロ。完全な損失……。
 慌ててカートを起こしながら、そこまで考えたとき――頭の隅でいやもうど真ん中で、何かが切れる音がした。
 人のもんダメにしときながら悠然と構えているフレイムデビルを睨みつけ、
「私の商売道具に何しやがんだてめぇ! しばくぞゴラァ!」
 急な変貌が動揺をもたらしたのか、はたまた眠いだけなのか、敵意と殺意をむき出しにする私に対して、デビルの動きは鈍い。若干身を引いただけで、でもそんなの下がったうちに入らない!
「喰らいなぁ!」
 フレイムデビルを中心に、雪を伴ったサイクロンが発生する。あ、これ私のアレンジ技ね。その名も『雪女の抱擁』! アレンジ魔法のレシピはおひとつ六千ゴールドで売ってるからよろしくぅ。
 ちなみに、名前変えて良いですかって言うやつは殴るわよ。ちゃんとデフォルト名で使ってくれなきゃ宣伝にならないじゃないの。
『雪女の抱擁』はいまだに激しく吹き荒れ、洞窟内の空気を急速に冷やしていく。炎はその勢いを殺がれ、終いにゃ凍りつく。さすがにマグマはノーダメみたいだけど、地面はもうツルッツルのピッカピカ。
「アンティエラさん、凄い……」
 衝撃から回復したらしい少女の、呆然とした声。
「これくらいレディの嗜みよ」
 そうでなきゃ荒ぶるモンスターたちを相手に商売しようなんて思わないって。それに魔法のアレンジって元手ゼロのくせに高値で売れるのよ。そりゃ覚えなきゃ損でしょ!
『いてて……羽がもげるかと思ったぜ。こんなに激しい起こされ方は初めてだ』
 フレイムデビルが地面に降り立ち、私たちに近寄ってくる。なんだか日陰に居るみたい。「ひっ」と隣で怯える少女は無視して、
「これに懲りたら、もう二度と私の商品に手を出さないことね」
 浅黒い皮膚で目立たないけど、あちこちから血を流している。それを炎が覆い、癒す。こういう芸当ができるのは、さすが炎の主ね。人間用の魔法、共同開発してくんないかしら?
『悪かったな。暑くてイライラしてたんだ』
「いや、炎が巣でしょ? 暑いとかあり得なくない?」
 トンデモ発言に突っ込む。暑いからって毎回毎回目覚めのたびにマグマぶっかけられたんじゃあ、たまんないわよ。
 ていうか、生贄まったく意味ないじゃない。それでも火山が噴火しなかったんだから、ラッキーよね……それとも、一度でも噴火してれば無意味だって気づいたかしら?
『炎の化身っつっても、ずっとマグマん中に居りゃ暑いんだよ。寝起きなんて体温上がってるし、最悪だぜ?』
「だぜ?」とか言われても困るんですけど……あ、ひーらめいた。
「ねーえ、フレイムデビルさん? そぉんなに暑いんでしたらぁ……良いもの売ってあげましょうか?」
 フレイムデビルがびくっ、と後ずさったけど、どうして? 疑問には思うけどとりあえずそんなのは棚の上に保存して、カートから大活躍のクール・ポーションを取り出す。
「暑い日の心の友、冬になったら使うな『クール・ポーション』! これである程度の暑さは防げるわ。本当なら一本二千ゴールドで売ってるところを、今日は千五百でご奉仕!」
「え、相場の倍……うぐぅ」
 少女を裏拳で黙らせて、フレイムデビルに詰め寄る。
『ふぅん……試飲は出来ないのか?』
「羽の炎をくれるなら、お試しオッケーよ」
 フレイムデビルはなんだこんなものが欲しいのかとあっさり炎をくれた。それを魔法瓶に詰めて、代わりにポーションを渡す。
 やった! すんごい値で魔法協会に売れるのよこれ。薬草類の全滅もチャラどころかお釣りが返ってくるわ。
『お、これ良いな。マジで涼しくなったぜ。あるだけくれよ』
 ぺっ、とガラスの破片を吐き出す。瓶ごといったのかお前。
「じゃ、お支払いは三万ゴールドになりますよ。もしくはその爪三本と交換です」
『お前結構鬼だな。でも、そういうヤツは嫌いじゃねぇな』
 フレイムデビルはにやりと笑うと、半ばから爪をブチ折った。真っ赤な爪が無造作に放られ、私のカートに狙い違わずイン。
『ま、明日には生えてくるさ、こんなもん。惜しくはねぇ』
 マジかよ。なら全部貰えば良かった。あれでも遠慮してやったのに、ちょっと損した気分。
『あばよ、人間。これでゆっくり眠れそうだ』
 羽を大きく広げ、地面を蹴る。あっという間にマグマの海へと飛び込んでいってしまった。
 私はマグマが完全に沈黙してから、握りこぶしを掲げる。
「いやっほぉう! どうなるかと思ったけど、久々に大儲けのよっか~ん!」
 おっほっほっほっほ、と悪役顔負けの高笑いをかましていると、「アンティエラさん」と聞き慣れた声が私を呼ぶ。村長の娘じゃない。よく通る男の声。
「やっぱりアンティエラさんだ。居ないから心配してたんですよ」
 金属の揺れる音と重なって、ほっとした息が聞こえる。
「あ、勇者、さま……?」
 村長の娘が顔を赤くして尋ねる。
 こんな暑い場所で銀製の鎧を着込むアホは、勇者しかいないって。彼もにこやかに頷く。
 整った顔立ちは全世界の乙女を魅了してやまず、紺碧の瞳は見つめたらそれだけでベッドインまで取り付けちゃうようなフェロモンを纏い、切り揃えられた金髪は思わず触れたくなるほど。おとぎ話からそのまま飛び出してきたみたいな容姿に、村長の娘が見蕩れるのも当たり前ってわけだ。
「おい、先に行くなよってうわ、何だこれ? 凍ってるぞ」
 彼の後ろから、これまた暑苦しいローブを引きずった魔法使いと、堅苦しい表情の女僧侶が現れる。
 愛すべき私のカモもとい勇者パーティご一行様の遅い遅い登場だ。
「ここはフレイムデビルの巣です。すぐに避難してください」
「あー、なんだかぐっすり眠ってるみたいで出てこないと思いますよ」
 私の言葉に勇者が眉をひそめる。魔法使いは「なに、冬眠でもした?」と笑うが、あながち間違ってないかも。
「ここが凍ってることと何か関係があるんですか?」
 僧侶がずずいっと前に出て、私に問う。
「別に関係ありませんわ」
 これは起こした跡だから。
 答えに納得したわけじゃないようだけど、勇者の、
「なら話は早いね。村長から頼まれたのは娘さんの救出だから。すぐに帰ろう」
 爽やか攻撃に何も言えなくなったようだ。さすが勇者、タイミングは心得てるわね。ぽわんと勇者にうっとりしてる少女に異論があるはずもなく、魔法使いも「いつもこう楽だと良いんだけどな」と浮かれている。
「それで、アンティエラさん……」
 勇者がぽつりと私を呼ぶ。彼の「タウンワープひとつ、売って頂けませんか?」という言葉が終わる前にカートからアイテムを取り出していた。
「いつもご贔屓にしてくださってありがとうございまぁす! おひとつ九百ゴールドです!」
 魔法使いが「相変わらずたっけ……」とぼやき、僧侶もますます険しい顔をして「勇者様にも呆れてしまうわ……」肩をすくめている。
 九百ゴールドが私の手に落ちる。はい、確かに。
「お前なぁ……いやもう何も言わねぇって決めてるけど……それにしてもなぁ……」
 何よ何よ、私に文句でもあるの? 私が居なかったらあんたたち徒歩確定よ? ……と思ったけど、今のはどうやら勇者に向けられた言葉らしい。
 その勇者といえば、何故か耳まで赤くして――そこらで揺らめいていた炎よりも真っ赤なんですけど――俯いている。
「ありがとうございます。僕たちはこれで失礼します。あ、あの、アンティエラさん……」
「なんでしょう? まだ何か足りないものがおありですか?」
「いえ、そうではなくて。また……お会いできますか?」
 当たり前じゃない。あんたたちの先回りしてダンジョンに潜ってんだから。頷くと、うれしそーーーな笑顔を見せて、村長の娘を連れて帰っていった。
 変な勇者。ストーカーのように情報収集してんのばれてんのかしらね。今のってなんかカマかけられたの?
 ――まあ良いわ。私もリネイブ村長から謝礼を受け取りに行かなきゃ。あと魔法協会ね。
 私はうきうきとタウンワープを取り出して、
「――翔べ、リネイブ」
 一瞬後には、柔らかいリネイブの大地を踏んでいた。