私のお客様

 私の夢は自分の店を持つこと。それも辺鄙な田舎町で細々とやるんじゃなくて、王都の一角にでっかいのをどーんと構えるの。
 一度王都まで物件を下見に行ったことがあるんだけど、目玉が飛び出るくらい高くて失神しそうになったわ。でも、目標は高い方が燃えるってもんじゃない?
 今はしがない行商人だけど、貯金だって少しずつ増えてきてるのよ。新築のお店が王都に建つ日はそう遠くはないわね。
 さて、こんな行商人にとって一番重要な情報って何だか分かりますか? 物価の変動? 地域ごとの特色? そういったことも勿論把握してなきゃダメだけど、そうじゃないのよ。
 私が絶対にゲットしている情報は、そう――勇者パーティの動向。彼らほどのカモ――いやいや、お得意様は居ないわ。
 ダンジョンに潜る前、はたまたちょっと遠出するとき、いくら入念に準備しても足りないものって必ず出てくるでしょ? 予測できないから不測の事態って言うんだし。
 予想外にモンスターが強力で薬草が足りない、思わぬ状態異常攻撃で回復手段がない、ダンジョン脱出アイテムを忘れた――そんなニーズにお応えするのが、この私! ダンジョンにはライバルも特に居ないから独占価格。
 勇者たちも私から買うしかないから、相場の倍ふっかけてもちゃーんと買っていく。
 よく勇者たちの気を引こうとしてタンスやツボに高価なアイテムを入れとくバカが居るけど、私に言わせりゃ本当にMOTTAINAI! どうせ町ごとに売ってるアイテムも違うんだから、少しでも市場調査して銭稼ごうとしなさいよ! それが出来ないなら私が勇者パーティに売りつけてやるわ! だから格安で寄こせ!
 ……えーっと、話が逸れたわね。
 で、ちょっと頭の回る人なら「ダンジョン脱出アイテムを買って一旦町に」なんて思うかもしれないわね?
 現実には、そういう選択肢はほぼないの。
 だって私が居るのって、帰るより買った方が断然早い、ダンジョンの最奥部一歩か二歩手前なんだもん。また戻ってくる時間が惜しいっていうやつよ。
 うふふ、なんておいしい商売なのかしら。
 情報によると、勇者パーティは現在ボルキネッタ炎洞窟に向かっているらしいわ。あそこってもうむちゃくちゃ暑くて、ただ立っているだけでダメージ受けるような場所なのよ。そこらじゅうに溶岩が溜まってて、中には溶岩に擬態するモンスターも混ざってる。
 ま、そんなの私には関係ないけど。
 カート一杯にボルキネッタ必需品の『クール・ポーション』を入れた私はついに目的地に辿り着いた。
 今までの経験上、勇者パーティは迫り来るモンスターの群れといちいち戦闘してくるから、私の倍近い時間をかけて到着するわ。さっさと中に入って場所を確保しちゃおっと。
 私はクール・ポーション一本を空にすると、いそいそと洞窟へ入る。このポーション、使用者の魔力に依存して効果が持続するから、私には一本で十分。とっても経済的でしょ?
 がこんがこんとカートの車輪を鳴らしていると、モンスターどもが「なんだなんだ侵入者か」と姿を現す。
 私はそんなコワモテのモンスターたちに向かって、とびきりの営業スマイルを炸裂させる。
「はぁーい、毎度ありがとうございまーす! 皆さんの強い味方、アンティエラの移動ショップでーす!」
 この呼びかけで、モンスターの緊張が一気に解けるのが分かった。
「なんだ、勇者が来たのかと思っちゃったよ」
「いやだぁ、あんな命知らずと一緒にしないでくださいよぅ」
 火吐き鳥のおやっさんが豪快に笑う。
「ところで、こちらの『ホット・ポーション』いかがです? わざわざ火を吐かなくても、勇者パーティの『クール・ポーション』を無効化できちゃう優れものですよ」
 さっそく営業を開始した私の周りに、続々とモンスターが集まってくる。当然炎タイプの暑苦しいのばかりで、私の周囲だけ気温がぐぐっと上がった感じ。
 わいわいと賑やかになるにつれ「薬草五枚くらいちょうだい」「復活草っておいくら?」「刃こぼれしちゃって……砥石置いてる?」要望も増えていく。
 アンティエラの移動ショップはもちろんそれに、
「ぜーんぶお応えします!」
 集まったモンスターから歓声が上がった。
 私がダンジョンで安全に行商を続けていられる理由は、これ。モンスター市場のシェアナンバーワン。モンスター界じゃ有名らしいわよ、私。
 ほら、たまにモンスターが道具を使ったりするじゃない? あれってほぼ全部私が売ったやつなのよ。
 支払いはたまに現金も居るけど、基本的に牙や尻尾との物々交換。それをまた町で売りさばく。儲けはそれほどない。でも、圧倒的支持で全国どこでも安全に商いができるって思えばそんなの問題じゃない。
「アンティエラ、知ってる? 今朝ね、リネイブの村から女の子が来たんだ」
 ファイアドラゴンの子どもが楽しそうに話す。ほかのモンスターたちも「見た見た、顔面蒼白だったな」と話に参加してきた。
「女の子が?」
「うん。多分、フレイムデビルに会いに行くんじゃない? そろそろ起きる時期だし」
 簡単に言ってのけたけど、フレイムデビルと言えばボルキネッタ炎洞窟の主、火山噴火の元凶と語られるキョーアクなモンスターだ。
 ……つまり、その子、生贄ってことよね。あぁー、やだやだ。そんな風習まだ残ってるの、お気の毒様。
「あんたたち、よく襲わなかったわね」
「フレイムデビルのお客さんだから、手つけたら怒られちゃう」
 でも怒られる程度で済むんだ。
「村長の娘さんらしいよ。寝起きのあいつって凄く機嫌悪いけど、会って大丈夫かな」
 死ぬわよ、百パー。
 恐らく勇者たちは彼女を助けるために来るのね。この洞窟にレアアイテムが眠ってるなんて噂ないし。村長あたりが「娘が食べられる前にフレイムデビルを倒してくれ~」とか何とか泣きついたんでしょうね。それなら最初っからモンスター討伐を依頼しろっつーのよ。
 私の商売にはなーんも影響しないから、どうでも良いけどさ。
「それじゃあ私、そろそろ行くわ。まだ奥にもいっぱい居るでしょ?」
 早くしないと勇者たちが来ちゃうわ。どの商品も意外な売れ行きを見せたけど、勇者パーティに売る分は足りるかしら。
 頭の中で考えを巡らせながら彼らに別れを告げる。



 道行くモンスターたちに商品を売りながら、私は最下層付近を目指す。奥に進むにつれ炎は勢いと温度を増し、クール・ポーションをもってしても真夏日、下手すりゃ猛暑日くらいの体感温度になっている。
「勇者はこの中を鎧着て歩くわけ? 自殺行為だわ」
 ぽたぽたと滴る汗を拭い取る。これ以上汗かいたら服全部ぎゅぎゅうっと絞って消火して回ってやる!
 そんな意気込みが通じたのか、やがて道は終わりを迎えた。自然が作り上げたのか人工的なものか、厳かな門(のようなもの)が眼前に立ちはだかる。こそっと覗くと、先にはだだっぴろい空間。むわっとした熱気が体全体を撫でる。この先は崖になっていて、マグマが溜まっているという話だ。
 魔法の力って偉大だわ。ポーションなしじゃこんなとこ、一分だってもちやしない。
 とりあえず、ここがゴールのようね。まだフレイムデビルの気配はない。ひとつ二つフロアを戻って、準備をしなきゃぁね!
 戻ろうとした私の視界の隅を、何かが掠める。
「あ……あの子が村長の娘ってやつ?」
 こちらに背を向けて座り込む、小柄な人影。炎に照らされた長い金髪が眩しい。そばには空のポーション瓶が散らばっていた。この距離から見ても分かるくらい震えている。
 あ、最後の一本飲んじゃった。これであの子、フレイムデビルに喰われるかマグマで焼け死ぬかの二者択一になったわけだけど。
 勇者パーティが来るまでもつかって言われたら……絶対にもたないに全商品を賭けても良いわ。見た感じ、魔力皆無ね。
 ――村長の娘、か。よぉし。
「こーんにーちはー!」
 凄まじい愛想笑いで、カートを揺らしながら突撃! 彼女の肩が大げさなまでに震え、恐怖に見開かれた瞳が私を捉える。
「え、ああ、あの、えっと、あな、あなたは……」
「困ったときの心強い味方、アンティエラ! 今をときめく移動ショップでぇっす」
 語尾にハートマークがつくくらいの声色で、村長の娘の手を取る。彼女の戸惑いは最高潮の様子。そりゃそーよね、どう見たって私はこんな洞窟をうろうろしているような人種じゃないもの。
 でもそんなの気にしない。
「ボルキネッタ炎洞窟と言えば、人を一瞬にして灰にしてしまう恐ろしき場所! もしかしてあなた、『クール・ポーション』がなくてお困りじゃないですかぁ?」
 少女ははっとして足元を見下ろす。飲み干されたポーションの数々が、彼女の魔力の低さを露呈している。
「はい、え、でもポーションですか……? た、助けてくれるんじゃ」
「あらぁ! 私が勇者にでも見えて? 彼ならもうすぐ来てくれるから、大人しく待ってれば良いわよ」
 私の言葉にさっと笑顔が咲く。
「わ、私……助かるの?」
「そうよ。だ、か、ら……彼らが来る前に焼け死んじゃったら意味ないでしょ?」
 さっと商品を取り出し、手に握らせる。
「今、料金は要らないわ……村に帰った後、ちょちょいとあなたのお父様に囁いてくれれば良いの。命の恩人、アンティエラのことを。ね? 勇者と同じく命の恩人である私を粗末に扱わないわよねぇ……」
 首が千切れんばかりに振られる。下に向いた瞬間に目玉が落ちちゃうんじゃないかって心配になっちゃうくらい。でも素直で物分りの良い子って大好きよ。
「はい、交渉成立! 何本か差し上げるわ」
 適当な個数を取り出して、地面に置いた。彼女はひったくるように抱えると、早速一本目を空ける。良い飲みっぷりだわ。
「それじゃ、後は勇者が何とかしてくれるか……」
 私の言葉は、そこで途切れる。同時に轟音。
「いやあぁ!」
 少女の鋭い悲鳴。
 頭上をマグマが――降り注ぐ。