在りし日の―出会い― 01

 昼は静かな歓楽街を、俺は一人で歩いていた。今日は数日に一度の非番。午前訓練が終わった後は、自分の時間ってわけだ。
 その他は、任務、帝都の見回り、詰め所で待機……そのいずれかだ。
 任務にもいろいろあるが、一番重要なのはもちろん国の安全を守ること。魔物の退治や、周辺地域の見回りだな。次に、滅びた文明――古代魔法文明と科学文明――の遺産、遺跡を調査すること。こいつは俺もまだ経験してないが、歴の長い騎士は何度か任務についたことがあるそうだ。
 騎士団員の憧れである副団長シア=フェイリアは、今日は詰め所に居るはずだった。シアが当番の日は普段の倍以上の住民が訪ねてくるが、警備隊も居ることだし、騎士が出張るような通報はそうそうない。大半はシアの姿を拝みにくるだけで帰っていく。誰が待機してるかってのは特に周知してるわけじゃないんだが、どこからともなく噂が広がっていくようだ。
 くそっ、シアと一緒に待機している騎士が羨ましいぜ……! 今頃鼻の下を伸ばしながら仕事そっちのけでシアを眺めているんだ。ああ、間違いない。普段の俺がそうであるように。
 そう思うといてもたっても居られなくなる。だけど今日の俺にはある目的があった。それを果たすのが先だ。自分に言い聞かせて、強い意思をもって歩を進める。
 それにしても、詰め所での仕事ってのは団長が組み合わせを作ってるはずなんだが、俺とシアはここ最近まったく同日にならない。意外と早く一周するはずなんだが……この間のシア泥酔事件が未だに尾を引いているとしか思えなかった。
 俺は何もしてないっつーのに! 団長だって俺の弁解に一応納得してれたはずなのに!
 ……まぁ、それは良い。今度シアと一緒のやつに急に体調を崩してもらって、交代すれば良いんだからな。
 そんなことより――
 俺はついこの間シアを追ってやって来た酒場――かつてシアの仲間だった傭兵と出会ったあの店へとやって来た。営業中の札はかかっていなかったが、俺は構わず戸を開いた。店内は酒のにおいで満たされていて、下戸ならこのにおいだけでえづくような、そんな密度だ。数人の傭兵や親父がテーブルに突っ伏していて、昨晩から飲み明かしていたのだろうと容易に分かる。
「ボルドー」
 その中に目当ての人物を発見した。
 全身で傭兵ですと主張しているかのような無骨さ全開の大男。かつてシアを奴隷商人に売りつけようとして近づいたという過去を持つとんでもないヤツだ。その光景が簡単に想像できるな。
「おう、妄想騎士サマじゃねぇか」
 俺に気づいたボルドーが片手を上げる。
「誰がだっ!」
 ボルドーのとんでもない発言に大声を返すと、寝ていた連中がうるさそうに顔を上げた。しかし俺の腰の剣を見ると「ちっ、騎士か……」再び寝入る。こういう一帯だと、騎士はあまりいい顔をされないことが多い。
「どうした、帝国騎士サマともあろう方がこんな昼間っから酒か? まったく平和なもんだぜ」
 ボルドーは空の酒ビンをからかうように振った。
「シアなら来てねぇよ。他の連中もほとんど出払っちまってるし、静かなもんだ」
「お前は仕事しなくて良いのか?」
 俺の素朴な疑問に、
「俺はリーダーだからな。仲間達の帰還を待って結果を聞くのも大事な仕事なんだよ」
 堂々のサボり宣言。
 とりあえずシアの傭兵仲間なら誰でも良かったんだが、こいつしか居ないってのもなぁ。ボルドーのお陰でシアを背負って帰れたわけだが、前回いじられたことは記憶に新しい。
「シアを追っかけてきたってわけじゃなさそうだな」
「今日シアは詰め所だ。俺だって一日くらいシア断ちして次の日に備えるときもあるんだ」
「……お前、それは諸々のこと暗に認めてるって気づいてるか?」
 ボルドーは大きな背中を背もたれに預けると、器用にイスを蹴って俺に向ける。
「まぁとりあえず一杯くらいいけるだろ?」
 俺が座るやいなや新しい酒を注文すると、グラスに注いだ。
「んで? あの後どうなったんだ? ちゃんとベッドで……」
「どうして話がそういう展開になるんだよ!」
 その台詞、絶対最後まで言わせねぇよ!?
「お前の頭ん中だって似たようなもんだろが。いやもっと酷いかもな」
 ひひひ、と薄笑いを浮かべる。
「現実を知らねーやつほど妄想は逞しいって相場が決まってるぜ。いざって時に恥かかないよう、ちゃんと勉強しとけよ?」
「余計なお世話だ!」
 こ、こいつ……どんどん露骨になって来やがったな。騎士団でもティールといい団長といい、俺を何だと思ってやがるんだ? 俺はみんなが考えてるよりずっと紳士だって。
 俺の何度目かの大声に、客のひとりが店を出て行くのが視界の隅に映った。っと、悪いことしたな。酒場とはいえ、今は静かだ。声がよく通る。
「へっ、及び腰の坊ちゃんにゃ刺激的すぎるか」
 ボルドーは気にした風もなく話を続けた。
 ……本っ当に夜道には気をつけろよテメェ。頬を引きつらせていると、ボルドーが「んで? 今日は何しに来たんだ?」酒をあおりながら尋ねてくる。
 そうだ、大事な用件を忘れるところだった。俺は咳払いをひとつ、
「用って程のもんじゃないんだけどな。シアの傭兵時代の話が聞きたくて」
「そんなもん直接聞きゃいーじゃねぇか」
 素っ気無いボルドーに、俺は拳を握って答える。
「聞けるわけねーだろ。シアの口から直接男の存在を聞かされた日にゃしばらく立ち直れないからな」
「なんだ、傭兵時代の話っつっても『そっち系』の話か」
 テーブルに腕を乗せて、にやりと笑うボルドー。すすっと顔を近づけてきて、
「困るんだよなぁ、こんな真っ昼間に。いくら俺でもシアのあんな姿やこんな姿、大っぴらに言えねぇっつーか」
「なっ……は!?」
 ボルドーの思わせぶりな態度に、俺も無意識に顔を近づける。もう少しで額がぶつかる程の距離だが、そんな細かいことを気にしてる余裕はなかった。前はシアと何もないって言ってなかったか? シアのあんな姿やこんな姿ってなんなんだ!? それを知ってるということはやっぱりシアとボルドーって、
「そういう関け」
「はぁっはっははは! お前ホンットーに学習しねーのな! まったく同じ手に引っかかってやんの」
 ダメだこいつ今すぐ殺す。
 俺がにわかに殺気を纏いだすと、ボルドーは目じりに溜めた涙を拭いながら「まぁ待て」制す。
「シアとは結構長い付き合いだけどな、俺の知る限りそういう話は一切ねぇよ。ウワサひとつ聞かなかったな」
「ほ、本当か?」
 思わず身を乗り出す。ボルドーは軽く頷くと、
「雰囲気だけ見ると簡単に落とせそうだと思うだろ? 実際近づく男は絶えなかったわけだが……誰ひとり成功しなかった。美形も富豪も気心知れた傭兵仲間も、誰ひとりだ」
 人差し指と親指で『ゼロ』を作る。誰ひとり……俺は声に出さずその言葉を反芻する。
 騎士団でも同じ現象が発生している。
 そういう話題に対するシアのズレっぷりが別次元のせいで、もう一部では「攻略不可能」と囁かれ始めている。あれは崖に咲く花で、無理に摘もうとしてはいけないのだと。
 そんなの冗談じゃない。シアだって人間だ、アプローチし続ければいつか気づいてくれる……だろう……多分……と思うんだけどな、俺は。
 いけねぇ、一瞬バレンタインのこと思い出して弱気になっちまったぜ。
「ま、そんな訳だから気長に頑張れや。同じ騎士なんだから、チャンスはいくらでもあるだろ?」
「団長の地味な攻撃がやめばな……」
 それにバステイド団長の視線が痛くて、最近はあんまりシアと話してないんだよな。ちょっとでも近づこうものなら怒声にも似た声が俺を呼びつける。
 ――尊敬する我らが騎士団長さま。どうしたらあなたの誤解は解けますか?
 目が完全に殺気立ってたもんな、あの夜。話し合うだけでも大仕事だぜ。
「ほら、さっさと帰れよ。もう終わったろ?」
 しっし、と犬を追い払うような仕草つき。そんなボルドーへ向けて握りこぶしを作り、静かに闘志を燃やした。
「俺の夢はまだ終わっちゃいないぜ!」
「誰も夢の話なんてしてねぇっつーの」
 呆れたように息を吐く。
「なぁ、それなら傭兵時代の話聞かせてくれよ。いろいろあんだろ? 俺の知らないシアが」
 俺の言葉にボルドーはにんまりと笑うと、
「知らないことの方が多いと思うがね、俺は。シアの経歴だってこの前知ったばっかじゃねぇか」
「う、うるさいな。だからこれから知っていくんだって」
 何事も積み重ねが大事だぜ!
 睨み付けるもボルドーはまったく意に介さず、
「本人に隠れてコソコソ嗅ぎまわるなんて男らしくないぜ?」
 痛いところを突かれて「うっ……」と一瞬黙るが、俺だって好きでこんなむさ苦しい男と額つき合わせてるわけじゃない。今は団長の視線が痛いってこともあるけど、ほかにも理由はあるんだ。
「聞いたことくらいあるよ。ただ……」
 俺はそのときの会話を思い出す。まだ入団して間もない……シアが副団長になった頃の話だ。

『副団長って騎士団に入る前は何をしてたんですか?』
『旅をしていました』
『へぇ、なんで旅を?』
『旅をするという選択肢があり、私がそれを選んだからです』
『一人旅ですか?』
『時期によって違います』
『どうして騎士団に入ろうと思ったんですか?』
『騎士になりたかったからです』

 聞けば何でも答えてくれるけど、終始あんな感じの返答しか得られない。質問の意図を理解していないっつーか、こっちの期待する回答の五歩手前くらいで止まっちまうんだ。実はわざとなんじゃないかって感じるぜ。
 普段はそうでもないのに、どうも自分の話となると途端に大雑把になる。過去文明の遺跡なんか調べてる場合じゃねぇ。シアの鈍さの原因を早急に解明してもらいたいもんだ。まぁ、そんなとこも可愛いんだけどさ。
 ボルドーもそれは知っているようで「シアから聞き出すのは至難の業だよな」小さくぼやいた。分かってるんなら最初から教えてくれよ頼むよマジで。
「よし、可哀想な騎士サマのためにお兄さんが語って聞かせてあげましょうか、俺とシアの出会いを」
「いやそこはすっ飛ばしてもらって構わないんだが……」
 それってあれだろ? シアを奴隷商人に売り飛ばそうとして失敗したっつー……
「もう数年前の話だけどな、俺が盗賊まがいのことをしてたときの話だ」
 俺の言葉は届かず、酒をあおりながら滔々と話始めた。