在りし日の 01

「今日で、三夜連続だよ」
「何が?」
 部屋に戻った俺を出迎えたのは、ティールの険しい顔だった。鳶色の瞳に真剣な光を宿して、俺を見据える。
「フェイリア副団長が、夜の歓楽街へ行った回数」
 ティールの言葉に固まる。あのシアが……真面目を絵に描いて歩かせたような、あのシア=フェイリアが?
「だ、誰の情報だよそれ!?」
「アレク。エイダさんも見たって。ちなみに、最初の日は僕も出て行くのを見たよ」
「マジかよ……」
 俺は言葉を失う。よりによって歓楽街だぜ? 酒と男女のナントカと混沌の溜まり場のようなところだ。はっきり言って清楚なシアとは正反対のイメージしか浮かばない。そんなところに、三夜連続で……
「……って! 今もそこに居るってことか!?」
 ティールは無言で頷く。
 三夜連続、歓楽街。品行方正で穏やかなシアが、一体何の用なのか。酒場で歌ってるエイダに会いに行ってるんじゃないとすると……嫌な予感が脳裏をかすめていく。
「僕もまさかとは思うけど……もう、答えはある程度決まってくるよね」
 重々しいティールの声。
 俺も薄々勘付いているが、あえて口にしない言葉。
 それを二人同時に、口にした。
『男』
 見事にハモる、最悪の単語。男。そう書いて、恋人と読む。
「う、うわぁあぁ……俺のシアがあぁ……」
 俺は頭を抱えてうずくまった。「いや、レイのじゃないし。とりあえず」冷静な突っ込みに、しかし返す気力もない。
 そりゃあ今の俺はシアにとってその他大勢のひとりだろうけど、ゆくゆくはあの笑顔で「あなた」なーんて言われる予定だったのに! それも語尾にハートがつく勢いで!
 そのときちょっとはにかみながら俯いたりして、そんなシアを俺が優しく抱きしめてやってさ……その後は……
「ちくしょう! 俺の未来予想図を切り裂くのはどこのどいつだ!」
「レイ、勇ましいのは良いけど……未来予想図って?」
 ティールの苦笑は無視して、俺は置いていた剣を掴む。帯剣を許可されてる騎士ってのは、こういうとき便利だ。
 こいつで俺のシアを奪い返して、じゃなくて相手を脅して……でもなくて。えーと、そうだ、首都の風紀を乱したヤツを取り締まらねーとな。
「いよっしゃ! ちょっと行ってくる!」
 気合、やる気共に十分。部屋のドアを蹴破る勢いで飛び出す。
「……僕も一緒に行くよ。すんごく心配」
 そんな俺の背中を、ティールのため息が追いかけてきた。



 派手な色合いのはこべ街灯が、俺達を照した。いわゆる「夜の店」ってのが軒を連ね、呼び込みだの何だのでおおいに賑わっている。はっきり言って、しらみつぶしにってのは無理な相談だ。
「どこのお店かなぁ……誰かに訊いてみる?」
「シアが歩いてたら、そりゃ記憶に残るよな」
 俺なんか街中でシア見っけたらついて行くくらいだからな。誰かしら覚えてるだろ。
「レイは半分ストーカーだもんね」
「そうそう、むしろ完全に……ってちげぇよ!」
 このノリ突っ込みを誘導するティールの発言を、誰かどうにかしてくれ。
「良かったぁ、自覚あったんだね。僕、安心したよ」
 こいつ、いつか殴る。人畜無害そうな顔して、言うことは結構辛らつだ。ティールの言葉に何度心の涙を流したことか……。
「ほら、行こう。早くしないとフェイリア副団長とすれ違いになっちゃうかもよ」
 そりゃ困るぜ! 何のために出てきたのか分からなくなっちまうよ。
 俺は気持ちを切り替えて、その辺の連中に片っ端から声をかけていった。すると数人目のほろ酔い気分のおっさんが、「ああ、シアちゃん? 奥に行くのを見たよ。何の用だろうねぇ」――よっしゃぁビンゴ!
 シアちゃん呼ばわりにはこの際目をつぶるとして、俺らは礼を言ってその道を辿る。歓楽街の奥っつうのは、外から来た傭兵とか、ぶっちゃけガラの悪い連中がたむろする店が並ぶ一角なんだよな。
 万が一男に襲われてたら……いや、シアなら全員返り討ちか。あれで結構容赦ねぇからな。
「ちょっと視線が痛いね……」
 ティールが耳打ちしてくる。俺はこっそり周囲に視線を這わせた。確かに、通りを行くやつらがじろじろと無遠慮に睨んでくる。騎士なんて、ここらじゃ滅多に見かけないだろうからな。
 俺は視線を無視して、片っ端から店を覗いていく。
「お、いた!」
 案外、シアはすぐに見つかった。しかし俺はそこで固まる。
「男ばっかだね、周り」
 シアの座るテーブルは――シアの人望その他を考えれば――もちろん満席。その周りを更に、座りきれなかった男達が酒や料理を片手に囲んでいる。ただでさえ狭い店内が、そこだけ異様にごちゃごちゃしているように感じられた。
 シアを囲む男達は皆一様に鎧に身を包み、たくましい体つきをしていた。どっからどう見ても傭兵。今、首都に仕事なんかあったか?
 いや、そんなことはどうでも良いんだ、どうでも。問題は、シアが物凄く楽しそうに彼らと話していることだ。深い笑みを浮かべて、たまに軽く声を上げて笑ったり――騎士団でも滅多に見られない姿だろう。シアはいつでも静かな微笑を湛えているだけだ。
「どうするの? 声かける?」
 ティールが遠慮がちに尋ねてくる。飲んでた連中も、突然の騎士二人の来訪に驚いてるみたいだし、正直居心地は悪い。だけど、ここで退くわけにはいかねぇ!
「おーい、シア!」
「……レイ? ティールまで、どうしたんですか?」
 驚きながらも、シアは手招きして俺達をテーブルに呼んだ。胡散臭そうな視線に刺されながら、俺達は近づく。
「すみません、今、イスが余ってなくて……」
「良いじゃねぇかよ、わけぇんだから立たせておけって!」
 言って豪快に笑ったのは、シアの真横に座る大柄な男。シアの腰に手を回し、酒を煽っている。シアは引っ張られるのか、男の体に半分寄りかかっていた。羨ま……じゃなく、接近しすぎな上に馴れ馴れしい。娼婦かなんかと勘違いしてんじゃねーかって思わせる態度だ。
 年の頃は、多分二十代後半から三十代。無骨を絵に描いたようなやつだ。腰に剣をぶら下げている。確か、傭兵は門で申請すれば帯剣が許可されるんだっけな。街中で何か問題を起こしたときはかなり厳しい罰則があった気がするが。
「でも、立たせておくなんて……」
「平気だって。なぁ、ティール? 俺らはそこの年寄りとは違うよな」
「え? あ、うん。平気だけど……」
 完全に気おされた様子のティール。曖昧に頷いていた。
「けっ、言うじゃねぇか。騎士さま?」
 俺とそいつの間で、火花が散った。



「つーかさ、ボルドー。そう言うお前がいっちゃん邪魔なんだよ、おい。独占してんじゃねーよ」
 そんなバッチバチの火花なんて意に介さず、テーブルを囲む一人が不満を漏らした。俺より一回り大きいくらいの、剣士然とした黒髪の男だ。耳まで真っ赤になった顔で相手を威嚇している。怒りじゃなくて酒のせいだろうな、あれは。
「ああ? お前誰に向かってそんな口利いてんだよ」
 ボルドーと呼ばれた馴れ馴れしい男が眉を吊り上げる。
「お前この前からずっとじゃねぇか。たまには立てよ、あ?」
「今日はやけに偉そうじゃねーか、てめぇ」
 ボルドーの敵意はあっさりと俺から離れ、睨み合いが始まった。
 二人の間だけ、険悪な空気が流れる。周囲はまったく気にせず好き好きに振舞っているが、こいつらどんな関係なんだ?
「あの……」
 そんな二人に挟まれたシアが、おずおずと口を挟む。
「私が立ちますよ。アーストはここに座ってください」
 アーストとは、恐らく黒髪の剣士のことだろう。
「いや、シア。おめぇが立つ必要はまったくなくてだな」
 あまりに論点を理解していないシアの横槍に、アーストが頭をかく。何と言っていいか分からない、むしろ何て言えば分かってもらえるのか――そんな表情をしていた。
「でも、立っているのは辛いでしょう?」
 言いながら、シアはすでに立ち上がっている。アーストがどうしたものかとあごに手を当てているが、
「ああくそ、面倒くせぇ! シアが立つなら俺も立ぁつ!」
 ボルドーが、叫びと共に勢いよく立ち上がった。そしてその勢いを殺さず、あろうことか酒をビンごと飲み干す。おいおい、それほぼ満タンだぜ!? シアもさすがに驚いたようで、目を丸くして巨体を見上げていた。
「ぶへぁっ!」
 むせてるし。自業自得だ。それでも数回咳き込んだ後、まるでそんなことはなかったかのように、
「うおおおっ、お前ら、俺に続け!」
 と周囲を煽り始める。テーブルについていた連中も意味を成さない叫びを上げて立ち上がり、思い思いのやり方で盛り上がっている。さっきまでケンカしてたアーストまで「ボルドー、お前って奴ぁ男だな!」と泣いている。典型的な、酔っ払い集団の姿がここにあった。
「ねぇ、レイ」
 ティールが俺をつつく。
「副団長人気だね。もしかしなくても、ライバルすっごく多いんじゃないの?」
 俺は答えず、立食パーティーさながらの光景を無言で眺めていた。いやそんな上品な光景じゃないな。シアひとりが場違いなほど洗練されてる。
 ていうか、俺らめっちゃくちゃ部外者な雰囲気じゃん。言うなれば空気? シアもさっきからあいつらに構ってばっかだし……
「ねぇ、レイ」
 同じフレーズが聞こえてくる。
「拗ねてるでしょ、副団長が全然相手にしてくれないから」
「バッカそんなことねぇよ!」
 図星すぎて否定の言葉も大きくなった。鋭すぎるティールの台詞にはしょっちゅう驚かされる。
「ようよう、騎士さん。何がそうじゃねーって?」
 完全に酔っ払いと化したボルドーが、今度は俺の肩に腕を回して酒臭い息を吐いてくる。
「お前には関係ないだろ」
 振り払おうとするも、ガッチリ組まれてびくともしない。こいつ、ジータ以上の力だな。
「あー、そうかい。まあ良いけどよ、だいたい分かるから」
 ひひひ、とバカにするように笑い、ティールへ視線を向ける。
「そっちのお子様もとりあえず飲めや。それともオレンジジュースが良いかぁ?」
「あればそれでお願いしたいですけど」
 酒が飲めないティールは普通に返す。嫌味だぞ、今の。綺麗に流されたボルドーはしばらく固まっていたが「あー、そうかい。ならシアに言ってくれ。あいつも酒飲まねーからな」つまらなそうに息を吐いた。いい気味だ。
「じゃあそうしますね」
 ティールはあっさりとこの場を離れて、シアを取り囲む輪の中へと入っていった。俺のこと見捨てやがったな、ちくしょう。俺もあっちに行きたいんだが、ボルドーの腕がそれを許さない。
「とにかく座れ座れ、なに突っ立ってんだよ。話はそれからだ」