指輪競争曲 03

「ねぇなぁ。つか本当に見つかるかも分かんねぇんだよな……」
 だんだん疲れが溜まってきて、思わず愚痴がこぼれる。騎士団宿舎を出た時よりもだいぶ闇は濃くなり、光はこべの放つ光が一層目立つようになってきた。
 貴族邸地区も住宅街と同じく清掃が行き届いていて、綺麗に舗装された道にはほとんど何も落ちていない。帝都ローゼンはどこも綺麗だ。隣のティールをちらっと盗み見れば、光に照らされたその顔は別段疲れを感じているようには見えなかった。むしろ生き生きとして楽しそうだ。
「案外ここにあるかもよ、確率高そう」
 励ましのつもりか慰めか、笑顔のティール。俺は曖昧に笑って再び地面に目を落とした。綺麗だが硬い石の道がどこまでも続いている。
「ん?」
 数分ほど経った頃だろうか。
 何か光を感じて俺は立ち止まった。今、どこかで何かが反射したような……。ランプを動かし、注意深く周囲を観察する。
「どうしたの?」
「おい、今何か光ったぜ、間違いねぇ!」
 口を開きかけた俺を遮ってティールの質問にばっちり答えたのは非常に聞き覚えのある男の声。
「ジータとアレクか!」
 叫んで、俺は光のした位置へと駆け出した。向こうから走ってくる二人の姿が見える。先を越されてなるものか!
「確かこの屋敷の前で……あった!」
 光はこべの輝きに反応する銀色。俺はそれを拾い上げやって来たジータペアに勝利の笑みを向けた。俺の表情を見た二人は「くっ、遅かったか……っ」と悔恨の色を示す。
 追いついてきたティールが俺たちを交互に見比べ、俺の浮かべる笑みに気づいて「おめでとう、レイ」と軽く手を鳴らした。
「ふ、残念だったなジータ、アレク。シアの唇は俺が守る!」
 ランプを高々と掲げ、勝利の証である銀の指輪を照らし出す。
「こいつなどに遅れをとるとは……このアレク、一生の不覚!」
「どういう意味だよ、オイ」
 まるで悲劇に出てくる英雄のような仕草をするアレクを軽く睨む。隣ではジータが「落ち込むな、まぐれだ」とこれまた失礼極まりない発言をしている。
「運も実力のうちだよ、レイ」
 トドメはティールのフォローになってないフォロー。
 俺の肩が震えるのは怒りのせいか、それとも心ない同僚の心ない言葉に俺の繊細で脆い心が傷ついたせいか。俺は後者だと主張しておく。
「お、お前ら……」
「そうそう、ティールの言うとおりだぜ! お前は運で勝ったんだ。騎士なら、いや男なら正々堂々実力で勝負しなくちゃぁな!」
 俺の言葉を遮ってジータがにんまりと笑い、腰にさげた鞘から剣を抜く。柄に国家の紋章が施されているその剣は広く騎士に支給されているもので、それほど小さくはないのだが体格のいいジータが構えると微妙にバランスが悪い。体格がいいと言えば団長もそうだが、あっちは自分の背丈に合った剣に変えている。ま、今はどうでもいいことだが。
「実力だって負けちゃいねぇよ! ティール、これ持っててくれ」
 あんなぼろくそに言われて黙ってるわけにはいかない。俺の名誉を守り実力を証明するためにも、この勝負は受ける必要がある。後ろに控えるティールに指輪とランプを預け、俺も剣を抜いた。光に照らし出され刃がいっそう白く輝く。
「一本勝負だぜ」
 剣を構える俺を見てジータが不敵に笑う。
「望むところだ!」
 俺も闘争心をむき出しにした笑みを返した。
 一瞬静寂が俺たちを包み――
「へっくしゅ」
 ティールの間の抜けたくしゃみが戦闘開始の合図となった。
 俺たちは同時に踏み込む。数十歩分あった間合いはすぐにゼロになる。
「おらぁあ!」
 ジータが吠え、剣を勢いよく振り下ろす。受け止めると、あまりの重さに腕が痺れた。力は明らかに俺より上だ。何とか剣をはじき、やや後ろへ下がる。
「どぉしたレイ! この程度かっ?」
 ジータは声高々に笑い、今度は下段からの攻撃。
「はっ、舐めんなよ!」
 剣を横に払ってそれをはじき、返す刀でジータへ向かって剣を薙ぐ。ジータが剣を構えるよりわずかに早く、俺の剣がジータをとらえ――なかった。
 ジータはあろうことか逆の腕につけた籠手でガードしてきやがったのだ。
「使ってこその防具、だろうがぁっ」
「だったら盾使え!」
 叫ぶジータが剣を振るい、一瞬反応の遅れた俺の横っ腹を浅く薙ぐ。白の衣服が赤く染まる。
 動きやすさ重視のため今の俺は防具の類はあまり身につけていない。失敗だったぜ。
「平気!?」
 後ろからティールの心配する声。視線はジータから外さず、手を振って無事をアピールしておいた。
「こんなの何でもねぇぜ」
 剣を構えなおし、この程度かとジータに投げかける。「んなわけねぇだろ」と口元を吊り上げるジータ。腰を落として、剣を上段に構える。本気だ。
 ちらっとこいつの背後に視線を走らせると立ち直ったらしいアレクが複雑で神妙な面持ちをしてたたずんでいた。俺と目が合うと、ますます顔が難しくなる。
「そろそろじゃないのか……」
 呟く声が風に乗って運ばれてくる。
 あいつは何が言いたいんだ?
「よそ見してっと、怪我するぜぇ!」
「げっ」
 アレクに気をとられすぎた。すぐそこまで迫ってきたジータの剣をかろうじて防ぎ、集中集中、と念じても気になって視線はアレクの元へ。しかし、そこには誰の姿もなかった。
「あれ?」
 思わず声を出す。その声に反応したジータは眉をひそめ、
「どうした? ……そういや、ティールはどこ行ったんだ。居ねぇじゃねーか」
 剣を交えたまま疑問をぶつけられる。
 振り向けば確かに、そこには俺が預けたランプがひとつ申し訳程度に闇を払っているのみで預け先の同僚の姿はどこにもない。
 不審に思ってよく目を凝らすと、遠くにはこべランプの光がちらちらと見える。貴族邸地区の奥へと向かうその光は二つ、おそらくティールたちだろう。
「あれじゃないのか」
 ジータがにやりと笑った。何か思いついたらしい。
「あれって何だよ」
「今ティールが指輪持ってんだろ。だったらアレクがティールを追うのも納得できるよな」
 言われてみればそうだ。だけどあれは追ってると言うより二人肩を並べて逃げてるようだったが。
「ティールのやつにアレクの相手は重すぎるんじゃないか? 行っていいぜ、俺を倒せたら、だがな」
 獰猛な笑みを浮かべて、交わる剣に体重をかけてくる。
「てめぇ、いきなりかよっ」
 重い。しばらくは耐え、拮抗状態を保っていたが徐々に押され始める。
「フェイリア副団長の唇は、俺らのもんだ!」
 歯を食いしばって耐える俺に向かってジータが叫ぶ。その顔には早くも勝利の色。
「ざけんなよ! シアのキスは……」
「私がどうしましたか?」
 叫ぼうとして、俺は凍りつく。ジータもびくっとそのでかい体を強張らせ、声のした方、つまり俺の後ろへすーっと視線を上げる。俺は剣を交えた格好のまま恐る恐る首だけ後ろに向けた。
 歩いて十歩ほどの位置に、金髪をなびかせたシアの姿。肩越しに見えるシアは簡易鎧をまとい左手に剣を、右手にはさっきまで地面に置いてあった俺のランプを持っていた。
「剣をしまってください。私闘は禁じられているはずです」
 怒るでもなく責めるでもなく、いくぶん呆れた様子のシア。もし団長が来てたら大目玉を食らったことだろう。シアは自分も剣をしまい、ゆっくりこちらに近づいてくる。
「シア、なんでここに……?」
 俺は平静を装いながら尋ねた。多分その試みは失敗してる。
「騎士団にリラー家の執事様から通報がありました。誰かが喧嘩している、騒がしくて寝ていられない、と」
 た、確かにあれだけ騒いでりゃ当然か。俺は額から流れる一筋の汗を拭い、ここでシアの言葉にひとつの疑問が浮かぶ。
「リラー家の、執事?」
 嫌な予感がする。俺は亀が這うような速度で首を回した。さっきまで真っ暗だったはずの屋敷の方へ。今では明かりのついてる部屋がいくつかある。
「はい。レイたちはリラー様の屋敷前で戦っていたのですよ」
 固まる俺に、シアのゆったりとした声とジータの「あーあ……」と呟く声が届く。
 同時に、屋敷の玄関が割れて隙間からオレンジの光が漏れる。そのオレンジをバックに扉を開けた人物は、
「レイ様ああああああ!」
 貴族邸地区全体、いや、帝都全体に響いたんじゃないかと疑いたくなるような叫びを発して、猛スピードで近づいてくる。
「うげっ」
「まあ、メティル様ですね」
「俺は先に帰る。頑張れ、じゃ!」
 三者三様の反応を示し、ジータは言葉どおり疾風のごとき速さで逃げていった。
「こら待て、ジー……」
「騒がしいと思ったらレイ様でしたのね? それならそうと言って下さればもっと早く会えたのに! 叫び声に飛び起きて正解でしたわ、後でベリテ神に感謝の祈りを捧げなくてはいけませんわね」
「あ、あー、いや。メティル寝てると思って」
 あんなスピードで走ってきたのに息一つ乱さず門を開けるメティルに若干恐怖を覚えながら、俺は適当なことを言ってお茶を濁す。
「まあ、私の健康を気遣ってくださるの? 何て優しいんですの、レイ様は」
 うっとりと、恍惚の表情を浮かべるメティル。周囲の光はこべランプ・街灯の白さが見事に合っている。
「レイ様、メティルは……ってシア=フェイリア!? 貴女いつからそこに居たんですの」
 歩み寄ってきて俺の手を取り、そこで初めて隣に立つシアの存在に気づいたようだ。
「最初から居ましたよ、メティル様」
「貴女に名前で呼ぶことを許可した覚えはありませんわ。だいたい貴女ねぇ、少しは『遠慮』と言う言葉を知った方がいいんじゃなくて?」
 メティルは凍てつく視線をシアに向ける。刺々しいなんて形容じゃ足りないくらいきつい口調とともに。
 始まった……。俺は内心こっそり溜息をつく。
 メティルは一方的にシアを敵視し、会うたびに口論になったり何故か肉弾戦になったりと色々厄介ごとを引き起こしてくれる。
「その言葉は存じております」
 対するシアはいつもどおりの笑顔を浮かべて答える。そこに揶揄の響きはないが、メティルはからかわれたと感じたのだろう。 「そうじゃなくてっ」と苛立ちを隠そうともせず叫ぶ。
「シア=フェイリア、貴女いつもそうですわ。そうやってはぐらかしてないで今日こそは決着をつけるべきじゃなくて? そうよ、どちらがよりレイ様に相応しいか、今ここで決めるべきですわ」
 喚きちらし、興奮してきたのか俺を握る手に力がこもってくる。その女とは思えない力に俺はわずかに顔をしかめた。
「決着、ですか」
 激情をあらわにするメティルとは対照的に、落ち着いた、若干戸惑いを含んだ言葉とともに、頬に人差し指を当てて首を傾げるシア。何度もこの台詞を言われているはずだがいまいち意味が飲み込めてないらしい。そもそもメティルがなぜこうも騒いでるのか、その原因すら推測不能のようだ。
 俺としては悲しいと言うか、虚しいと言うか。
「私闘は禁じられています」
「貴女、またはぐらかそうとして」
 ついにメティルが俺の手から離れ、シアの襟元に掴みかかろうとした。
「あ、メティル、俺たち仕事の途中なんだ。もう騎士団に戻らねぇと団長に怒られるからもう行くな」
 慌てて二人の間に割り込んでメティルを制す。ちなみに俺はメティルからも直々に呼び捨て、タメ口の許可を貰っていたりする。
「シア、行くぜ。じゃあなメティル」
「そうですね、団長も心配しています。メティル様、大変申し訳ないですがお話はまた今度に致しましょう」
「あ、ちょっと、」
 メティルの制止を振り切りシアの腕を掴んで、俺は脱兎のごとく逃げ出す。
 くそ、何で手を掴まなかったんだ。大いなる後悔の念が押し寄せてくるが、今更どうにもできなかった。


「やっと帰って来たか」
 騎士団宿舎に帰って来た俺を迎えたのは、団長の怒りを含んだ声だった。でかい図体で仁王立ちするその姿は、聖書に出てくる悪魔は団長のことなんじゃないかと俺に思わせた。
 団長の後ろには先に帰った三人の姿。皆例に漏れず頭を押さえてるところを見ると、団長に殴られたらしい。
「これで全員だな。で、お前らこんな時間まで何してたんだ」
 俺たちは一列に並び、団長とシアと向かい合う形で立つ。横長の宿舎を背景に立つ団長は、言わなきゃ一歩たりとも中には入れない、と言ってきてるようだった。
「ちょっと探し物です」
 ティールが答えた。団長は予想外の回答だったらしく「探し物?」と首をかしげた。
「僕たちのじゃないんですけど」
 言って、ティールはズボンのポケットから指輪を取り出した。
「それはもしかして……」
 シアがすぐさま反応し、ティールから指輪を受け取る。じっと見つめること数秒、
「これに間違いなさそうです。見つけてくれたんですね、ありがとうございます」
 笑顔で礼を言うシアに、俺たちは「まぁ、副団長の頼みなら」と頭を掻く。
「皆さんが見つけてくれたと、私から伝えておきますね。イズカッセ様もお喜びになると思います」
「は?」
 シアの言葉に、全員固まった。いや、唯一ティールを除いて。
「シアの指輪じゃ、ないのか」
 一瞬息が詰まりそうな沈黙がおり、その沈黙を破って俺は搾り出すように尋ねた。
「私は装身具の類は一切持っていません」
 明朗快活なシアの返答。俺たちは「マジかよおおぉぉぉ」と頭を抱えて崩れ落ちた。 ティールだけは最初から知っていたようで、俺たちの反応にしどろもどろしてるシアに「気にしないでください、イズカッセ様に宜しくお願いします」と笑顔を向けている。 今思えば、こいつはイズカッセ皇女派だった。あの張り切りようも今なら納得できる。
「ははぁ、そういうことか。残念だったな、お前たち」
 団長のにやにや笑いが見下ろしてくる。
「罰として風呂掃除一ヶ月にしようと思っていたが、半月で勘弁してやろう」
「私もお手伝いしますよ。半月頑張りましょうね」
 団長とシアのささやかな同情。
 いつもなら女神に見えるその笑顔も、今日だけは悪魔の微笑みに映ったのだった。