指輪競争曲 02

 手始めに、夜でも賑やかな歓楽街にやって来た。通常白い光を放つはこべの街灯だがここだけは色とりどりの光を発していて、雰囲気を盛り上げていた。
 ここじゃランプはいらないな。俺は腰のベルトにぶらさげ、両手を自由にする。酔っ払い同士の喧嘩の絶えない地区だから、なるべく動きやすくしておいた方がいい。
 客の呼び込みがうるさいくらいに響く通りを歩くこと数分。
「あっらまぁ、レイとティールちゃんじゃない。夜の見回り?」
 突然甘い声に呼び止められ、振り向くとそこには大いに胸元の開いた深紅のドレスに身を包んだ金髪の美女の姿。年齢はシアと同じくらいだったと思うが、潤んだ瞳や艶っぽい仕草がシアとはまた違った魅力を……って違う。
「こんばんは、エイダさん。今日は見回りじゃないですよ」
 ティールが人懐っこい笑みを浮かべると、エイダは「かっわいー!」と黄色い悲鳴をあげてティールの頭を抱え込む。
「ちょっと探し物してんだ」
 両手をじたばたと振り回すティールは流して、エイダに指輪のことを尋ねてみる。
「さぁねぇ。こんな場所だから、誰も気づかないのかもしれないわねぇ。それより、シアもとうとうオシャレするようになったの? 今度あたしの部屋へいらっしゃい、って伝えておいて貰える?」
 やっとティールを解放し、エイダは楽しそうに言った。ティールは肩で息をして「いろんな意味で死ぬかと思った」とこっそり呟いていた。
 エイダは教会地区の孤児院に住んでいて、シアがよく孤児院に足を運んでいるため俺も彼女とは面識がある。
 聞いた話だが、歓楽街で働いてるのも孤児院の維持費を稼ぐためだそうだ。いつも酒場で「歌姫」をやっていて、評判は非常にいい。一度だけシアとコンビで歌ってたことがあったが、あの時の盛り上がりは異常だった。
「歌はシアより上手いよなぁ」
「んもう、いきなり何さ。褒めても何も出ないわよ?」
 思わずもらした呟きはばっちりエイダの耳に届いたらしく、俺の背中をばしばし叩く。満更でもない様子だ。
「ちょ、待、いてぇ」
「おアツイことだな、レイ」
 突然かけられたのは、うるさい歓楽街でもよく通る太い声。ジータだ。視線をやれば案の定、アレクと一緒のジータがにやにや笑いながら立っている。
「あぁら、今日は騎士の安売りねぇ。久しぶりね、色男たち」
「少し見ないうちにまた綺麗になったんじゃないか、エイダ。どうだい、今度わたしとお茶でも」
 アレクがすすす、と近寄って彼女の手を取る。エイダは「ははは、おだてても何も出ないってレイに言ったばかりなんだけどねぇ」と笑い飛ばしたが、頬はほんのり紅くなっていた。
「よう、エイダ。……レイ、指輪は俺たちが見つけてやっから安心して彼女の歌を聴いて来いや」
「いやいや何言ってんだよ、お前みたいに大雑把だと小さな指輪ひとつなんて見逃しちまうだろうから、俺も探してやるって」
「はっ、言うじゃねぇか」
 お互い口元に笑みを張りつけ、挑戦的な視線を送る。一触即発、いつ手が出るか分からないという状態だったが、ティールの「今日、フェイリア副団長が遅番だからね。間違って通報でもされちゃったら来ちゃうからね」という言葉に我に返った。そうだ、こっそり探して見つけるのが粋なんじゃないか。バレてしまっては元も子もない。
「ひとまずお預けだ。俺たちはもう行くぜ。アレク、次だ次!」
「おうよ! じゃ、またなエイダ。わたし、今度の週末暇だからどこか行こう。待ち合わせ場所と時間は明日連絡する」
 力強く答えると同時にエイダを誘うのも忘れないアレク。
「はいはい、分かったから早く行きなって」
 口調はどうでもよさげなエイダだが、顔は嬉しそうだ。
「レイとティールちゃんも早く行かないと先越されちゃうわよ。理由は知らないけど、競争してるんじゃないの?」
 二人を見送ったエイダが俺たちを振り向いて告げる。
「言われるまでもねぇ。今度また歌聴きに来るな」
「待ってるわ。それじゃ、あたしも次の公演あるから行くわね」
「お仕事頑張ってくださいね、それでは」
 俺は手を振り、ティールは軽く会釈をして、歓楽街の出口へと向かった。


 次にやってきた住宅街は打って変わって静寂に支配されていた。
 所々に設置された光はこべの街灯と俺らの持つはこべランプだけが周囲の闇を追い払う。色鮮やかで賑やかな歓楽街とはまるで別世界だ。
「ないなぁ」
 寝静まった住宅街を歩きながらティールが呟きを漏らす。俺は光に照らされた地面から視線を移し、
「そうだな。ここもあらかた探したし、他に移るか」
 悪いと思いつつ人様の庭、ないと思いつつ鶏小屋、期待しつつお約束的な茂みの中――と、住宅街のありとあらゆる場所を探してみたが、指輪はおろか紙くずひとつ落ちていなかった。住宅街恐るべし。
「次は……あぁ、ブルジョワ通りだね」
「うげ、あそこか」
 ティールの言葉に俺はあからさまに嫌そうな声をあげてしまった。ティールの言うブルジョワ通りとは貴族邸地区のことで、その名の示すとおり貴族の豪邸が立ち並んでいる。
 騎士なんて仕事柄、貴族の護衛だって任務の範囲。俺ら帝国騎士はベリテ聖騎士団の騎士、通称教会騎士の手伝いって形が多いがな。で、その任務でリラー家っつう貴族を隣町まで送るってのがあったんだが……。
「はは、リラー様が怖いの? 凄い気に入られようだもんねぇ」
 くそ、俺にとっちゃ笑いごとじゃねぇっての。
 理由は不明だがそこの娘のメティル=リラーにやったら気に入られたらしく、貴族邸地区を巡回してるときは必ずと言っていいほど俺を待ち伏せしている。それだけなら別にいいじゃん、と思うかもしれないがその際には未知の物体がたんまり詰まった弁当箱やらを渡してくるから頭が痛い。
 さらにローゼエトル帝国の第一皇女イズカッセ=メーア=ローゼエトルと仲が良いらしく、皇女と一緒に騎士団宿舎へ遊びに来ては二人でひと騒動起こして帰って行く。被害者は大抵俺だ。
「硬直してないで、早く行こう」
「あ、あぁ……」
 今は巡回時間じゃないし夜も遅いから居ないとは思うんだが、本能に焼きついた恐怖と言うか、そういうものが俺にあの場所へ行くことを躊躇わせている。
「指輪見つけるんでしょ? ジータとアレクにフェイリア副団長の唇を奪われてもいいの?」
 ティールに諭され、俺ははっとなる。そうだ、俺がやらないで誰がやるんだ。俺がやらないで、誰がシアの唇を守るっていうんだ!
「サンキュな、危うく精神的負荷に負けるとこだったぜ。行くか、ブルジョワ通り!」
 燃えた、俄然やる気が出てきた。
「うん、了解!」
 俺の宣言にティールは楽しそうに頷き、何故か俺以上にはりきって歩き出したのだった。