指輪競争曲 01

 ローゼエトル帝国騎士団、通称プラチナ騎士団。団員は団長を除いて二十歳前後と若いが、平民から貴族まで幅広い階級の人間が所属している皇帝直属の優秀な部隊だ。 教皇率いるベリテ聖騎士団ってのもあるがそっちは象徴的な意味合いが強く、実際に戦闘などの任務を行うのは俺らの方が多い。
 平民でも貴族でも、皆それなりの力を持った実力者たち――のはずなんだが。
「あの、お聞きしたいことがあるのですがお時間宜しいですか?」
「「はい、宜しいです!」」
 騎士団宿舎の食堂で。 夕食後も自室に戻らずだらだらと駄弁っていた俺含め四人の騎士全員が、たった今入ってきた女副団長シア=フェイリアの言葉に力いっぱい頷いた。 余程の理由がない限り団内ではシアの言葉を拒否するヤツは居ない。 見た目の可愛さとか唯一の女騎士と言うのも勿論あるんだろうけど、多くの騎士はシアの誰とでも平等に接するその性格や身に纏う不思議な温かさに惹かれているんだと俺は思う。 ま、俺もそのひとりだったりするわけだが。
 シアは白のタンクトップに七分丈の黒スパッツという格好で、日焼けしにくいらしく騎士にしては白い肌を多く露出していた。 風呂にでも入ったのか、甘い石鹸の匂いが漂ってくる。
 あまりの勢いに驚いたらしいシアは一瞬身を引きかけたが、すぐに「ありがとう御座います」と笑顔で言葉を続ける。
「実は少々探し物をしてまして。銀色で、花のような細工がされている指輪を見かけませんでしたか?」
「指輪……いえ、見てませんよ」
 隣に座る俺のルームメイト、ティールが答えた。 ティールはうす茶色のクセ毛と垂れた目を持つおっとりとした雰囲気を漂わせてるヤツで、何となくシアと雰囲気が似ている。 あぁ、だからって別にお似合いってわけじゃないぜ?
 俺の向かいの席に座る二人も「見てないですねぇ」と残念そうに呟く。
 二人で顔を寄せ合って「フェイリア副団長もオシャレとかするんだな。全然そんなイメージねぇや」と小声でささやき合うのも聞こえた。 言われてみれば確かに意外な気もするが、シアだって女だしアクセサリーのひとつや二つ持ってるんだろう。
「どの辺で落としたんだ?」
 尋ねると、ほかのヤツら――主に前に座る二人が同時に俺に視線を向ける。 瞳にあるのは少しの羨望と、隠し切れていない嫉妬の色。
「お前は相変わらずなんだなぁ。ちっきしょー、羨ましい」
 不機嫌そうに呟いたのは真正面に座る赤毛で体格の良いジータ。 彼の隣に座る金髪で長身のアレクもうんうんと頷いている。
 俺だってシアが副団長になった当初は敬語だったんだが、任務で一緒に行動することが多いこともあって自然とタメ口で話しかけるようになった。 他の連中に注意されもしたが、シア自身は特に直す必要はないと言っている。言わば公認のタメ口だ。
 少しだけ優越感を抱きながらシアの言葉を待った。シアはあごに指を当てて少し考えてから、
「城下町、もしくは城内……少なくともこの宿舎にはないと推測されます」
「またえらく広範囲だな」
 思わず呟くと、シアは「すいません」と心底申し訳無さそうに謝ってきた。その瞬間、同僚の嫉妬が殺気に変わるのを確かに感じ取った気がする。
「私、今日は遅番なのでまた明日探してみます。お話中失礼しました、それでは」
 優雅に一礼して食堂を出て行くシアを見送ったあと、俺らは顔を見合わせた。
「……指輪見つけたら、フェイリア副団長ぜってぇー喜ぶよな」
 数秒の沈黙を破ってジータが呟く。いつもは陽気な声音も、今だけは真剣そのもの。
 俺らは無言で頷く。
「……感極まったシア副団長にキスとか、されちゃったりしてな」
 続いてジータのルームメイト、アレクが呟いた。 女好きの代名詞で、女から見ると顔は良いらしんだが今は何か妄想中なのか鼻の下を伸ばしていてひじょーにしまりがない。
「シアにキス……」
 俺は天井を見上げその場面を想像してみる。
 
『シア、これだろ? お前が探してた指輪ってのは』
 俺はカッコ良くびしっと決めて、朝の訓練場に居るシアに指輪を差し出した。風が俺の束ねた髪を軽く揺らしていく。
『まぁ、レイも探してくれたんですか? とても大事なものだったので嬉しいですっ』
 指輪を受け取ったシアは瞳を潤ませて俺に飛びついてくる。俺はその頭を優しく撫でてやって――
『もうなくすんじゃ』
『本当に、本当に有難う御座いました』
 シアは顔を上げて礼を述べ、それと同時に顔を近づけてきて――
 
 ――あー、良いかもしんない。
「レイ? アレクと同じこと考えてるんじゃないの、顔変だよ」
 隣でティールが苦笑する。はっと我に返った俺は頬を叩いて怪しい妄想を打ち消した。 シアがそんなキャラじゃないのは俺が一番よく知ってるじゃねぇか。
 そうさ、シアがそんなことするはずが……はずが……いやでも万が一ってこともあるし……。
「よっしゃ、アレク、今から探しに行くぞ! 合言葉はフェイリア副団長の唇をゲットせよ! だ!」
 俺の思考を遮ったのはアレクの言葉で火がついたらしいジータの叫び。 折れるんじゃないかと思うほど強く木製テーブルに手を叩きつけ、イスを蹴倒して物凄い勢いで立ち上がる。 後半の内容はさておき、気合は煮えたぎっているようだ。
「おぅよ!」
 アレクも熱く応える。そして俺たち二人に視線を向け、
「レイ、フェイリア副団長は渡さねぇぞ。どっちのペアが先に指輪を見っけられっか勝負といこうじゃねぇか!」
 ジータが人差し指を突きつけて燃える瞳で宣戦布告し、
「遠征系任務のペアがいつもシア副団長だからって余裕かましてると痛い目見るからな」
 アレクが前髪をかき上げて挑発してくる。
 俺たち帝国騎士は任務時、原則二人一組で行動する決まりがある。 大抵はルームメイトなんだが、ティールは主に王都の警備担当のためどこか遠出するときはルームメイトの居ないシアと組むことになっている。 ちなみに団長はもうひとりの副団長ローランド=アシュレイとだ。しっかしまぁ、こいつが本当に嫌なやつで、俺がこいつを語りだしたら飯三杯は軽いぜ。
「悔しかったらわたしたちより先に指輪を見つけるんだな。ま、勝負の結果は見えてるけどな」
 はっはっは、と夜中にあげるには迷惑な笑い声を残して食堂を出て行く二人。
「で、どうするのレイは。僕はどっちでも良いよ」
 ティールが面白そうに尋ねてくる。
「んなもん決まってるだろ、俺たちも行くぞ!」
 ジータと同じくイスを倒して立ち上がる。
 と、すぐさま台所の奥から「物を壊すんじゃないよ!」と食堂のおばちゃんの怒鳴る声。
「すいません……」
 あの声は食堂のおばちゃんたちのリーダー的存在のアマンダ=オールドリッチだ。『ちゃん付け』じゃないと何故か返事をしてくれない。 普段は気さくで豪快な良いおばちゃんなんだが、怒らすとそらもう恐ろしく凄惨な末路を辿ることになるので、素直に謝罪してイスを戻す。 ついでにジータのも戻しておいた。
 くっ、ジータの時は何も言わなかったのに何で俺だけっ?
 ティールは可笑しそうにくすくすと笑い、「準備してこよう」と目じりに涙を浮かべて立ち上がった。
「もう大分暗いね。ただのランプじゃなくて光はこべのランプを持っていこう。ついでに武器も」
 光はこべとはその名の通り暗闇で花の部分が発光する越年草の一種。 それを使いやすいように加工したのが光はこべのランプで、炎より広い範囲を照らせるので人気が高い。 値段も少し高いが、きちんと保管すれば二年はもつ優れものだ。
 俺は頷き、まず武器庫へ急ぐ。 きちんと整頓されている倉庫内の剣を二本適当に引っ掴み、すぐに備品庫へと駆け出した。
「少し数が減ってるな。あいつらも考えることは同じってわけか。おいティール、急ぐぞ」
 備品庫の扉は開け放たれ、中では保管されていた数十個の光はこべが白い光で倉庫内を照らしていた。
「光はこべの花の部分は熱いから触っちゃダメだよ。
 ――何だか、こうやってレイと動くのは久しぶりだねぇ」
 光はこべを専用のケースに詰めながらティールが楽しそうに笑う。
「そういやそうだな。俺がいりゃあいつらを負かすなんて軽い軽い」
「期待してるよ、レイ。……普段一緒に仕事が出来ないのは本当に残念だなぁ。 あ、でもレイにとっては今のまま変わらない方が良いよね」
 ティールは俺の肩を叩き、「気長に頑張れば良いと思うよ」と俺を励ましてくる。
「な、何を頑張るっつーんだよ! 俺は別にその、シアと一緒じゃなくたって、その、あれだ。任務達成くらいちょろいっての」
 俺がどもっていると、ティールは笑いをかみ殺すのに必死ですとでも言うように体を折り曲げて肩を震わせていた。
「隠さなくっても平気だよ、有名だから。知らないのフェイリア副団長だけ」
「な、何でみんな知ってん……って何言わすんだ!」
 ティールの見事な誘導尋問に引っかかった俺を見て、ますます苦しそうに、しかし顔は笑顔で腹を押さえる。
「笑うな、笑うなっての! ほら、俺先に行っちまうぜ」
「ごめんごめん、正直すぎなんだもん。あー可笑しい」
 まだ笑いは収まりきらないらしい。微妙に頬が痙攣している。
「くそ、後で覚えてろよ……んじゃまずは城下町、巡回コースから行こうぜ」
「おっけー」
 こうして俺たちは、夜の城下町に繰り出して行った。