しかばねの君 04

「ローランドやティールの情報を元に、魔術師ギルドが該当者を探してくれています。魔術師ならば一度は登録しているはずです。問題はありません」
 シアの言葉に俺たちは頷く。ギルドの正式な証明書がなきゃ魔術師としての仕事もなければ、研究に必要な道具や設備も揃えられない。
「早ければ明日にでも分かるでしょう。ティールたちが多くの情報を集めてくれたお陰です」
 微笑むシアはティールを見据える。「いやぁ……騎士として任務を全うしただけですよ」と頬を赤くするルームメイト。な、なんて羨ましいんだ……俺もシアに褒められてぇ……!
「それで、あなたに来てもらったのはその魔術師のところまでご同行願いたいからなのです」
 笑顔を引っ込め、リビングデッドに語りかける。リビングデッドもくつろいだ雰囲気を一変させて、神妙に(?)頷いていた。俺たちも改めて向き直る。
「あなたは術者のことを知らないと、地下水道で仰いましたね。今後の身の振り方も分からないと」
 あの時そんな話をしていたのか。いろいろと仕事が早い。
 魔術師のとこに行けば生前の姿に戻る方法とかあんのか? そういうつもりでコイツを連れて行くとか……
「残酷なことを言うようですが、魔術師が死ねばあなたも死にます。誤解のないように申し上げますと、我々は術者を殺すつもりはありません。しかし最悪の結果も頭に入れておく必要があるのです」
 どうも違うらしい。そりゃあ、もともと遺体を使ってるんだから生き返るはずねーか……そんな簡単に出来るんだったら、この世界から寿命とか死なんて言葉は消えてるな。
「じゃあ、どうして連れてくんだ?」
 俺の質問に、シアが一瞬だけ瞳を伏せる。
「決めて欲しいのです、当事者として、どのような道を選択するのかを。我々と敵対するのも、良いでしょう」
 再び開かれた瞳に宿るのは、同情でも憐れみでもない。
「厳しいことを言っているのは分かっていますし、勿論――この街に留まるという選択肢もあります。どのような選択をするにせよ、私は、あなたが納得出来る生き方をして欲しいのです」
 切実で、誠実な願い。闇色の瞳には不釣合いなまでの優しい光。
「かつて私がしたような後悔を、して欲しくない――」
 小さく小さく呟かれた言葉は、果たしてリビングデッドに届いたのか。「後悔って」反射的に問いかけて、口を閉じる。ティールと顔を見合わせて、軽く首を振った。
 つい漏れてしまった、という感じの呟き。
 誰にだって触れられたくない過去はあるだろう。
「それでお前、どうすんだ?」
 明日にでも魔術師の居場所が分かるかもしれないってんだ。あまり時間はない。一晩で人生のすげー重要な選択をしなきゃいけねぇってのも酷かもしれねーけど……。
 リビングデッドは俺らが見守る中、ペンを持ち上げては下げて、何か書こうとしては逡巡する。しばらくそれを繰り返していたが、やがて意を決したようにペン先を滑らせた。
『自分のこれからについては、いつも考えていた』
 シアが浅く頷く。
『でもそのたびに先の見えなさが怖くなって、途方にくれていた』
 暗く寂しい地下水道で延々と出口の見えない問答を繰り返すのは、想像するだけで――いや、それがどれ程の孤独と恐怖を呼び起こすのか、俺には到底分からない。
『その答えが見つかるなら、ぜひ一緒に行かせてほしい』



 出立までは早かった。ギルドからの情報を元に宮廷魔術師に探索魔術でだいたいの場所を割り出してもらい……今、こうして山道を歩いている。団長を先頭に、シア、俺と宮廷魔術師、ジータ、リビングデッドの順だ。ちなみにリビングデッドは頭からすっぽりローブを被り、ぱっと見ただけじゃ分からない。宮廷魔術師とジータはまだ若干リビングデッドに抵抗があるのか、少ーしだけ距離を取っている。
 少数精鋭。帝都の警備を怠るわけにはいかないと、ローランド副団長は居残り組みだ。かなり不服そうだったが。
 メンバーに選ばれたのは純粋に嬉しい。嬉しいんだが――
「バルグ=リラッド、ねぇ。そんな名前聞いたこともないですわ」
 俺の横で首を傾げる宮廷魔術師の少女。
 魔術師の名家リラー家の娘、メティル。弱冠十七歳にして宮廷入りを果たしたエリート中のエリートだ。天賦の才、とでも言うんだろうか。秘めたる魔力はリラー家最強、との呼び声も高い。
 要するに――俺みたいな田舎モンには、本当なら一生縁の無い世界の住人。
「レイ様もそう思いません?」
「あ、あぁ――」
 ぎこちなく返す。宮廷魔術師がひとり来る、と言ったときの団長の、俺を見る複雑な視線に嫌な予感はしたんだが――マジでメティル=リラーが来るとは。
 正直俺は、この子が苦手だった。嫌いじゃないんだが――
「ふふ、レイ様とお揃いですわね! やっぱりメティルはレイ様と結ばれる運命にあるんですのよ!」
 ぎゅう、と腕に抱きつかれ。後ろではジータの同情するような気配。
 そう、決して嫌いじゃない。こんな山道を文句ひとつ言わずに歩いているし、根は良い子なんだよ。
 こんなにもハッキリ好きだと言われて、悪い気のする男なんて居ない。
 ただやはり、ほかに好きな人が居て、ましてその人の前でこういう状態になるのは、問題がある。
 しかし、相手は貴族な上に年下の女の子。強く出れない自分に涙する。
「彼は研究者肌の魔術師だったと言いますから。表舞台にはほとんど出てこなかったのでしょう」
 シアが振り返る。当然彼女の視界に飛び込んでくるのは、俺らのこの姿なわけだが――まったく気にした素振りも見せないっつーのは、どう解釈すれば良いんだろうか。
「あら、貴女には聞いてないんですのよ! 勝手に話に入ってこないでくれませんこと!?」
 打って変わって敵意をむき出しにするその姿は、まさに獣のそれ。メティルのみ一触即発の雰囲気の中、当のシアは笑顔を崩さず「はい、申し訳ありません」と流す。こんな反応はもう慣れっこというヤツなのか、大人の余裕か。
 メティルの額に青筋が浮かんだのを確かに見た時、団長が声を発する。
「もうすぐ問題の場所だ」
 変わり映えのしない山道。木々のざわめきばかりが耳に残る森。
 そんな景色も、団長の台詞を聞いてから少しも経たないうちに終わりを告げる。
 やや開けた場所。朽ちかけの山小屋、かつては畑だったかもしれないもの。
 木々の合間から覗き見る限り、人の気配はない。
「なんて陰気臭い場所なんでしょう。人が住むような環境ではありませんわね」
 顔をしかめる。リビングデッドだけが身を乗り出して、食い入るように見つめていた。しかし、骨の顔からその感情を読み取ることは出来ない。
「団長。私が行きましょうか?」
 シアの顔からは笑みが消え、すでに臨戦態勢。くっ、この横顔がたまらん。――と、脇から強烈な肘鉄が入る。ジータだ。
「見惚れてんじゃねぇよ、このスケベやろう」
「誰が!」
 小声のやり取り。
「じゃれてる場合じゃないぞ、二人とも。――魔術師殿、援護をお願いできるかな」
「お安い御用ですわ。シア=フェイリア、今日は特別ですわよ?」
 メティルがシアに人差し指を突きつけた、そのときだった。
 小屋が一気に膨れ上がり――弾けたのは。
「伏せろ!」
 団長が叫ぶ。シアがいち早く反応し、メティルを庇った。俺らも身を投げ出し、冷たい地面を這う。
 爆発は粉塵を散らし、砕けた小屋の破片が頭上を舞う。
 時間にしてみれば、ほんの数十秒の出来事。
 もうもうとした砂埃がようやく収まりかけた頃、俺たちは不穏な物音に剣を握り締める。慎重に体を起こせば――視界に入ってくる、アンデッドたちの姿。
 粉微塵になった小屋から這い出してきているようだ。割れたビンから液体が溢れ出てくるかのように、ぞろぞろと。
 俺らに向かってきているわけじゃないみたいだ。苦痛から逃れるかのように、手を伸ばしては虚空を掴んでいる。
 こいつら、魔物のアンデッドじゃなくて、全員が元人間なのか……? たちの悪い冗談だぜ。誰か嘘だって言ってくれよ。
「レイ様――気持ち悪いですわ……」
 青褪めた顔のメティル。団長やシア、ジータも余りに凄惨な光景に絶句している。
 リビングデッドだけが唯一、歩を進めようとしていた。だが、地下水道の時のように、急に苦しみ出して崩れる。
「おい、大丈夫か!?」
 俺が駆け寄り、
「大丈夫です、怖がらないで」
 シアが落ち着かせるように背中を撫でた。そのまま視線を移す。
 元々小屋があった場所に、佇む影があった。
 這い回るアンデッドどもを見下ろす、小柄なローブ姿。
「どうも、上手くいかない」
 吐息が漏れる。老人の声。ほぼ間違いなく――バルグ=リラッドその人。
「教わったとおりやっている……配分は間違えていない。術式も完璧。方陣も寸分の狂いなく描けたというのに――」
 俺らの存在に気づいているのか、いないのか。老魔術師は独りごちる。
「あなたが――バルグ=リラッド殿ですね」
 団長が前へ出る。アンデッドどもはやはり気にしない。というよりも、気にしてる余裕などないようだ。バルグが初めて俺らを見据える。
 ローブから見え隠れする眼光は、鋭い。
「おやおや、お顔を存じておりますよ――ローゼエトル帝国騎士団団長の、バステイド=ガリル殿。お隣はかの有名な女騎士、シア=フェイリア副団長ですね」
 魔術師は特に慌てた様子は見せない。
「このような場所までお出でとは、如何なさったのですかな」
「それは、あなたが一番よくご存知のはず」
 団長も静かに返す。
「禁忌とされている創作魔術の術式構築と、発現。重大な魔術罪です」
 シアも一歩出た。俺やジータは、いつでも飛びかかれるよう背後で剣に手を置く。
「生きようとすることが、悪かね? 私はただ死にたくないだけだ」
「他者をこのように弄んで良い理由にはなりません」
「フェイリア副団長様は、随分と頭がお堅いようですね。ぜひとも、貴女のような人に実験材料になって欲しいものです。そうすれば少しは、この偉大さが分かるというものではありませんか」
 シアの言葉に、魔術師は老獪な笑みを零す。
「完全に頭がおかしくなってるんじゃありませんこと……」
 メティルが眉をひそめた。
「お前、いい加減にしろよ。それ以上副団長を侮辱するなら……」
 殺気立つジータ。しかし魔術師はそんなこと意に介さず、
「いつかの出来損ないまで一緒か。あと一歩のところでダメになりおって――」
 リビングデッドがぴくりと反応する。
「とっくの昔に朽ちていたと思ったぞ。まぁ、そんなことはどうでも良い。失敗作の行き先など興味ないからな」
「てめぇ、自分でやっといて……!」
 まだ会って数日の付き合いの俺が言うのもなんだが、こいつがどんな思いで日々を過ごしていたのか……少しは考えろ!
 噛み付こうとする俺を制したのは、リビングデッド。羽織ったローブの下から紙とペンを取り出し、何かを書いている。
 記された言葉はただ一言。
『許せない』
 そして、ぐしゃり、とその紙を握りつぶした。