しかばねの君 03

 シアが訪ねたのは、一月前に主人を亡くしたという夫人だった。出迎えた女性の憔悴しきった顔から、まだ傷は癒えていないのだろうと察する。
「お初にお目にかかります。私はローゼエトル帝国騎士団副団長シア=フェイリアと申します。不躾な訪問をお許しください」
 アミーユと名乗った夫人は痩せこけた頬に笑みを浮かべると、「副団長様がどのようなご用件でしょう?」と居間へと通した。「こちらへお掛けくださいね」
 さっと視線を巡らす。質素で、夫人の心をそのまま投影しているかのような少し寒々しい室内だ。床に座り込んで遊んでいた少年がこちらを見上げ、不思議そうに首を傾げる。シアが笑みを返すと、少年もにっこりと笑い返した。素直で人見知りしない子のようだ。
「お客様よ。良い子だから、奥で遊んできてちょうだい?」
 少年が奥へ行ったのを見計らって、シアは単刀直入に話を切り出す。「王都で噂になっている老人の話をご存知でしょうか?」向かいに座った夫人はその言葉に目を見開いて、
「えぇ、えぇ、知ってますとも。とても忘れることなど出来ない……!」
 弱々しく呟いた。言葉に宿るのは後悔。組まれた指は白くなるほど握り締められていた。静かな部屋に小さな嗚咽が漏れ出す。
「申し訳ありません。お辛い記憶を思い出させてしまったようで……」
 シアの謝罪に夫人は首を振る。
「良いんです。ただ、まだ気持ちの整理がついていなくて」
 このまま話を続けて良いものだろうか。しばし逡巡する。そんなシアの迷いに気づいたのか夫人は「ご用件はそれですか?」と促す。
「はい。現在、その老人について調査しております。差し支えのない範囲で結構ですので、お聞かせ願えませんか?」
 真摯な瞳が夫人を見つめる。闇色の瞳に潜む温かさにつられるように「何と言って良いのか分かりませんが……」とぽつりぽつりと語りだした。
「主人の葬儀が終わったあと、その老人に言われました。夫は死後のことも考えている、良く出来た人だ、と。そのときは意味が分からなくて……でも」
 夫人は立ち上がり、戸棚を開ける。「それは」シアが言うとかすかに頷き、
「金貨です。私が噂を知ったのは随分後になってからですが、間違いなくその老人の仕業でしょう」
 戸棚の中では、膨張した袋と、溢れて入りきれない金貨が散乱していた。この部屋には不釣合いな輝きを発して、物言わぬ金貨はただ噂の一端を証明している。
 戸棚を閉め、席に戻った夫人は言う。
「それで、私どうしても気になってしまって……あの、悪いことだとは分かってたんですが、どうしても……」
 自分を落ち着かせようと、必死に言葉を繰り返しているようだ。シアはなるべく優しく「無理に仰らなくても大丈夫ですよ」言ったが、夫人は「言わせてください」と首を振る。「もう自分ひとりでは耐え切れません」罪悪に怯え、現実を受け入れられず、見開かれた目。
 ただ静かに言葉を待つ。
 夫人は深呼吸をし、目じりに涙を滲ませながら、
「わ、私、こっそり、しゅ、主人の棺を。棺を……掘り起こしたんです」
 シアは息を呑む。死者の眠りを妨げることは、重罪だ。教会にばれたら重い罰が待っている。
「いけないことだと、分かって、分かってたんです……でも、でも……!」
 夫人の肩は大きく震えていた。自分の犯した罪と、罰に怯えているにしては、様子がおかしい。恐怖以外にもっと別の感情が――そう、これは怒りだ。かすかな憤りが見え隠れしている。
「あんなことってないわ!」
 叫びと共に露になる怒り。「あんなこと、とは?」シアは冷静に問い返す。
「棺は――空っぽでした。主人の亡骸はどこにもない!」
 滲んでいた涙がついに零れた。夫人は肘を突いたまま頭を抱えて、シアに訴える。悲痛な叫びに不安になったのか、少年が奥の扉から顔を出していた。シアと視線が合うとすぐに引っ込んでしまったが。
「あの男が持って行ったに決まってる。そんなことが許されるわけない――お金なんかいらないわ、主人を返してぇ……!」



 騎士団全体へ団長から一通りの説明が行われたあと、俺たちは待機――というか、ぶっちゃけ普段どおりの生活をしていた。ただ、ティールが居ないせいでかなり暇を持て余している。
 近日中に片を付けたいとのことだったが、相手は魔術師。しかも不老不死の研究なんつー高度なことをやってるんだから相当の使い手だろう。一筋縄じゃいかない。
 ――宮廷魔術師の出動も有り得るのか?
 俺はある女魔術師の顔を思い出して青ざめる。苦手なのがひとり、居るんだよ。そいつが出てこないことを祈るばかりだ。
 あの骨と遭遇してからはや三日。あれ以来行っていないが、元気にやっているだろうか。待機命令さえなきゃ行ってみるんけどな。
「ただいま……つっかれたぁ」
 することもなくぼーっとしていると、ようやくティールが帰ってきた。朝からずっと王都中を駆け回っていたようで、誰が見ても明らかな疲れ顔だ。茶色のクセ毛も、いつも以上にうねっている。
「お疲れ。俺ら待機組みなんて優雅なもんだぜ」
「この三日間で知り合い全員に会ってきたと思うよ。一月分くらい人と話した」
 ティールの知り合いというと、かなりの人数にのぼる。そりゃあ疲れない方が不思議だ。ついでに話し通しで喉も渇くな。
 ベッドに倒れこみ、「副団長二人が今、団長に報告に行ってるみたい」と窓を見上げたティールが固まった。
「レイ、あれ」
 若干青ざめた表情。声も少し震えている。言われるがままそちらを見ると――
 窓にべたぁっと張り付いて中の様子を窺っている、件のリビングデッド。空からわずかに零れ落ちる星明りが曖昧な影を浮かび上がらせ、余計に恐怖心を煽ってくる。たちの悪い冗談にしか見えない。
 あまりに禍々しい光景に思わず仰け反り、ティールと目配せ。「どうする?」怯えた瞳が問いかけてくるが、それは俺も聞きたい。
 何でこいつがここに居るんだよ。そりゃ心配はしてたけど、こんな暗い時に思わぬ形で出くわすと、恐ろしさが際立つ。無害だと分かっていても、視覚的な問題でな。
 リビングデッドはゆっくりとした動作で窓を叩いてきた。控えめなノックはくぐもった音を呼び、室内に鈍く響く。
 入れてくれ、と――そういう合図なのだということは理解できた。どうして俺の部屋なのかって疑問の答えは分かりきっている。知り合いが良いという、単純にそれだけだろう。
 だがそれ以前に、どうしてここに居るのかという疑問に答えて欲しい気がする。
「あの、例の地下水道の……だよね。開ける?」
 おずおずと上げられた声。
 このままにしておくのはさすがにマズイだろう。誰かに見つかる前に部屋に入れておかねぇと。俺は窓を開け、骨男を招きいれた。器用に、人間とまったく変わらない動作で窓枠から飛び降りてくる。
 人間の骨格を持ってるんだから動きが同じなのは当たり前か。俺の中もこうなってるのかと思うと不思議な気分になる。
 念の為カーテンも閉め、外からの視線を遮断する。部屋の鍵も閉めた。
 俺と、ティールと、リビングデッド。かなり異様な空間。
 人畜無害なリビングデッドは部屋に腰を下ろし、自分の部屋のようなくつろぎを見せる。なに落ち着いてんだこいつは。
「シアに会いに来たのか?」
 出来るだけ声は潜める。するとリビングデッドは手のひらを広げ、もう一方で何かを書く仕草をする。
 ――ああ、紙とペンを寄こせということだろう。つまり筆談だ。要求されたものを渡すと、骨はすらすらと意外なほど滑らかにペンを滑らせ、『シア=フェイリアに呼ばれた』と記した。几帳面そうな綺麗な字だ。
「フェイリア副団長かぁ」
 ティールもベッドから降りて紙を覗き込む。
 俺もティールも、一体何故、とは問わなかった。例の魔術師のことで呼び出したに決まっている。なんて言われたのかは知らないが、こいつも承知で来ているんだろう。
『人目を盗んで歩いてくるのに苦労した』
 聞いてもいないことを喋って――もとい、書いてくる。骨男なりに沈黙が痛かったのか。意外とお喋りな性格だったのか。
 俺らは顔を見合わせて苦笑すると、それが合図だったかのように若干砕けた空気が場を満たした。
「暗くなってきたとはいえ、まだ人も居るしね。僕だったら見つかっちゃうかも」
 仲の良い友達に語りかけるかのような口調。
 ティールは他人と打ち解けるのが早い。一種の才能だな、こりゃ。
『それはもう、歩いては伏せ、走っては潜み、の地道な足取りだった』
 本当に饒舌だ。地下水道での様子が嘘のように思えてくる。
 あ、地下水道といえば――
「お前さ、もう体大丈夫なのか? また痛んだりとか……」
 あの様子は尋常ではなかった。発作なのかどうかもよく分からねぇけど、あれだけ盛大に苦しんだ数日後にこんな元気に動かれちゃ、なんつーかどう反応していいのやら。
『あれ以来一度もない』
 俺の疑問に対する答えはいたってシンプル。やせ我慢をしているわけではなさそうだ。「そうか、なら良いんだ」吐いた息に言葉を乗せる。
「具合悪いの?」
 心配そうな声に対して、骨はただ首を振った。表情を持っていれば、ニカッと笑っていただろう。そんな風に思える軽快な動きだ。
「そっか、でもお大事にね」
 ティールは「生ける屍」を普通の魔物と変わらない存在だと思っている。
 リビングデッドも多くの魔物と同じ闇の眷属であり、人間とは相容れない存在で、時として害を及ぼすものだと――そういう認識でいる。
 こうして人語を解することがいかにおかしいかを、知らない。地下水道に無害なリビングデッドが居るが内密に、という説明だけで終わったからだ。
 それでもなお、こうして純粋に心配が出来るっていうのは……ティールの生まれ持った才なのかもしれない。いや、才能っていうと少し違うかもしれないけど。
「フェイリア副団長に報告した方がいいかな?」
『彼女は後で来るそうだ』
 素早く答えるペン先。
 うおっ、シアが来んのか! 散らかった部屋を見渡し、目に付いたものは片っ端から引き出しに詰め込んだ。少しでもきれいにしとかねーとな! 
「慌てなくても大丈夫だよ、レイ。いまさら遅いって」
 爽やかに言い放たれる。
 嫌味とかではなく純粋な笑顔だからこそキツイときがある。悪意がないというのは、時として悪意以上の刃となるようだ。本当に本気で言ってんだな、と。
『この程度汚いうちに入らない。安心しろ』
 慰めの言葉を連ねた紙を俺の前に掲げてくる。
 リビングデッドからもフォローを入れられてしまった。しかもこっちの方がある意味優しい言葉だ。
 そうこうしているうちに時は過ぎ、「シアです、いますか?」という声と共に扉がノックされた。動こうとするティールを制して俺が扉を開ける。普段着のシアが視界に飛び込んできた。シアの笑顔が俺を捉える。
 後ろから「ごめんごめん、レイの邪魔はしないから」と苦笑するティールの声が聞こえてきた。
「夜分遅くに申し訳ありません、彼は来て……いるようですね」
 背後に控えるリビングデッドを認めて会釈する。
「時間は気にすんなよ。騒ぎになる前に片付けたいんだろ、今回のことは」
「……副団長が絡むと急に聞き分け良いよね」
 ぼそりと呟かれたティールの言葉は聞こえなかったことにして、シアを招き入れる。床に直に座らせる訳にはいかねぇな。でもクッションなんて洒落たモノもねーし……俺の視線がベッドで止まる。
 ――枕。枕だ! 少し固いけど、何もないよりはマシだろ。それにシアが座った枕とか……こう、体温が移ったり……というかそもそも「シアが座った」という事実そのものが俺を楽園へ導いてくれそうだ。
「わざわざご足労頂いて有難う御座います。なるべく手短に話しますね」
 シアはさっとリビングデッドの前に座る。
 ぬおっ! 俺が思考を巡らせてる間に!
「シア、直じゃ体痛くねーか?」
 せっかくのチャンスがダメになっちまう! しかし俺の思惑を察知し――いや、気遣いに遠慮したのか、「大丈夫です。有難う御座います」と言われてしまった。
「あはは、残念だったねー」
 屈託のない笑みに少しの毒。その爽やかな毒針は俺の肌をちくちくと刺す。
「な、なにが残念なんだよ!」
「……レイの変態性が明らかになるから、友達として言わないでおくね」
 本当に、誰かこいつをどうにかしてくれ。