しかばねの君 02

「お前ら何やってんだ!?」
 俺は思わず飛び出した。座り込んでいたチビたちはハッと振り返り、驚きをあらわにする。視界に、より鮮明に映るリビングデッド。埃まみれの服――死装束だろうか――を纏い、そこから覗く骨も薄汚れていた。
「レイ! それにシアねーちゃんまで、どうして?」
 動揺に言葉が揺れている。それでもマーハは俺たちとリビングデッドの間に立ちはだかり、彼(?)らを守るように両腕を広げる。
「エイダに頼まれたんだよ。お前らが何やってんのかって」
 動揺してるのは俺も同じだけどな。
 リゼやほかのチビはリビングデッドを俺らから隠そうとするかのように抱きつき、決して離すまいという決意を秘めた瞳で見上げてきた。
 地下水道の突き当たり。狭い場所だ。逃げ道はない。仮に俺を抜けたとしても、まだシアが居る。
 当のリビングデッドは突然の来訪者に戸惑っているのか、オロオロと首を動かしていた。その動きが妙に人間らしくて、少し気味が悪い。しかしそれ以上に何か行動を起こす素振りは見せなかった。
「悪いやつじゃないんだ!」
 マーハが叫ぶ。リゼたちも頷き、「ともだちなの」この場では最年少のポーラが呟いた。
「友達……そいつが?」
 実はリビングデッドを生で見るのは初めてなのだが、知識としてまたは常識として、彼らは魔物の一種。決して人間とは相容れない種族のはずだ。
「マーハ」
 沈黙を守っていたシアが前に出る。マーハがびくりと一歩下がった。こういう場では、俺よりシアの方がずっと怖いのだろう。俺なら何とか感情に流されるかもとか、そういう風に思われてる節があるし。でもシアはのほほんとした見た目とは裏腹に論理的かつ合理的。危険と判断すれば容赦はない。
「彼は言葉が分かりますか?」
 質問に少し逡巡して、かすかに頷く。真意が読めず、どう答えるべきか分からないという感じだ。俺にも分からねーが。
「喋ったりは、しないけど……」
 尻すぼみになるマーハの頭に手を置き、
「心配しないで。敵意はないようですし、無闇に傷つけたりはしません」
 その言葉に場の緊張が少し緩むが、それって裏返すと襲ってきたら躊躇なく殺すぞって意味にも聞こえる。
 シアは悠然と近づき、まだ警戒の残るリゼたちに微笑みかけた。骨を覗き込むように上体を屈めて、「お初にお目にかかります。ローゼエトル帝国騎士団、副団長のシア=フェイリアです」と挨拶をしている。余りにも普通すぎる対応に拍子抜けしたのか逆に驚いたのか、リゼたちはゆっくりと骨から手を放した。
 俺はしゃがんでマーハに耳打ちする。
「どんな経緯で『友達』になったんだ?」
「前、ここに遊びに来たときたまたま会ったんだけど……いきなり会ったら逃げるじゃんか。走って、んで、ポーラが転んだんだよね」
 身振りを交えて説明をする。
「助け起こした時にはもうすぐそこまであいつが来てて、ダメだって思ったけど。足首捻ったポーラを出口まで運んでくれたんだ」
 リビングデッドを見つめる瞳に篭っているのは、紛れもない友愛の情。こいつらにはあれが人間に見えてんじゃないかってくらい自然な、穏やかな瞳だった。
「だからさ、お願い! あいつのことを誰にも言わないで」
 ぱん、と手を合わせる。
「まぁ、危険がないんだったら良いんじゃね? それはシアが決めることだけどな」
 いくらタメ口オッケーと言われていても、上官には逆らえない。シアはこれでも副団長だ。普段のやり取りとは違って、シアが正式に下した命令は、一介の騎士である俺が破ることは決して許されないのだ。
 俺が不処分を主張しても、シアがダメと言ったのならこのリビングデッドは処分される運命にあるだろう。
 マーハの表情が暗くなった。心配そうな瞳でシアと話す骨を見ている。
 俺は小さな頭に手を置いて、
「大丈夫だって、シアなら『魔物だから処分』なんて硬いこと言わねーよ」
「うん……そうだよね」
 弱々しい笑顔が返ってきた。頼むぜ、シア。マーハたちの期待を裏切らないでくれよ。
「――そうですか。有難う御座います」
 シアが頷いて、立ち上がった。会話(って言うのか?)は終わったようだ。
「エイダにはどー言うかねぇ。まさか本当のこと言うわけにはいかねぇよな」
「はい。その件も含めて団長の指示を仰ぎます」
 その言葉に、この場に居た誰もが固まった。俺はてっきり、こいつのことは見なかったことにして帰るのかと思ったが……
「し、シアねーちゃん! お願いだよ、誰にも言わないで!」
 マーハがシアにしがみ付いた。リゼやポーラ、ジェイ、ミロルも泣きそうな顔で抗議をする。
「これは副団長の権限だけで決めて良い問題ではありません」
 いたってクールな返答。宥めるような感じだが、それでも反論を許さない語調だった。
「でも、すぐに知らせる必要はないんじゃねぇか? もう少し様子を見るとか……」
 反論ではなく、建設的な意見なら大丈夫だろ。チビたちも俺の言葉に首がちぎれる勢いで頷いている。
 こうしている間もリビングデッドに動きはない。まさに死活問題だと思うが……無関心なのか考える力があまり残ってないのか。さっき何を話していたのかは知らないが、諦めているのかもしれない。
 ――などと思っていたら。リビングデッドは急にぶるぶると体を震わせ始めた。
「な、なんだっ?」
 頭を抱えて、何か痛みに耐えているかのようだった。骨がミシミシと不穏な音を立てている。これが人間だったら、うめき声か叫び声が地下水道にこだましていただろう。
 リゼたちは突然のことに反応しきれず、呆然と見上げていた。
「大丈夫、落ち着いて……大丈夫です……」
 シアが動き、抱きしめる。慈愛の女神ベリテさながらの姿。次第に骨の体が淡く発光していき、そして光が収まる頃には音もしなくなっていた。
「今のは……。やはり早く、団長に知らせるべきですね」
 呟いて、立ち上がった。独り言というよりも、骨に語りかけているかのような口調。
「お姉ちゃん……どうしてもダメなの?」
 ミロルの悲しそうな声。語尾が揺れている。泣きそうだ、と思った瞬間には大声で泣き出してしまった。シアが慰めるより早く、リビングデッドが頭を撫でてやっていた。もう完全に落ち着いたようだ。
 やっぱマーハの言うように害はなさそうだが。
 シアはそんな俺らをじっと見渡すと、
「マーハたちの反応は予想していましたが、レイも反対なのですか?」
「いやぁー、なんつーか。反対というか先延ばしでも良いんじゃないのかっていうか……」
 シアが珍しく眉根を寄せる。決して怒っているのではなく、困惑の表情だ。笑顔も良いが、困っているシアもなかなか可愛い……じゃなくて。
「そうですか……どうしても賛同出来ないというのであれば、必要ありません」
「えーっと……そうすると?」
「余り言いたくはありませんが、副団長として命令します。――私と共に速やかに帰還し、団長に報告をお願いします」
 チビたちの絶望的な表情が、俺たちを見送った。



 地下水道からの帰り道。空はすっかり茜色を通り越し、夜の帳を下ろそうとしていた。前を歩くシアの背中がいつもより遠く感じられるのは、夜特有の静けさゆえだろうか。
「なぁ、シア……」
「リビングデッドというのは、もともと自然発生的な魔物ではありません」
 シアが肩越しに振り返る。闇と同じ色の瞳が俺を捉えた。さっきの話を切り出そうとしていた俺は、唐突な話に元から無かった勢いをさらに殺がれ、「あ、そうなんだ……」と気の抜けた返事をした。
「古代魔術時代に盛んだった研究に、創作魔術というものがあります。不老不死……永遠に老いない体の創造を目指したものです。現在は神に反するとして禁止されています」
 歩調を緩めて説明をする。
「不老不死なんて出来るのか?」
「今、古代魔術時代の人間を目にしますか?」
 柔らかく微笑まれた。出来の悪い子どもの間違った発言をそっと訂正する教師のようだ。
「リビングデッドというのは、その研究成果。言い方を変えれば失敗です。確かに彼らは老いなかったけれど……体の腐敗を止めることは出来ませんでした」
 小さく首を振るシアの表情は、曇っていた。
「生きながらにして体が腐っていく感覚は、想像を絶する苦痛を伴ったでしょう。けれど不幸中の幸いと言いますか、ある程度まで腐敗が進行した者は命を落としました。不完全な術故に」
 瞳を伏せる。
「その時に埋葬された体が何らかの作用を受けて復活したのが、現在の魔物としてのリビングデッドの始まりとされています。理性はなく、言葉も通じません。完全なる闇の眷属です」
 俺は顔をしかめた。そんな過去があったんだな、リビングデッドってのは。
 本をただせば人間だったというのが妙にショックだった。人間の形をしているのが多いのは、そういう理由だったのか。
 つーか、アレだな。
 人間が不老不死の研究なんかしなけりゃリビングデッドに悩まされる必要なんてなかったっつーことじゃねぇか。先人は偉大な魔術師集団だったかもしれないが、いらんものも遺してくれたな。
「じゃあ、さっきの骨はなんだ?」
 急に苦しみだしたのもよく分からない。死の前兆か?
「恐らく創作魔術によるものですが……古代魔術時代の失敗ともまた事情が違うようでした。あの時苦しみ出したのは、術者と何か関係があるのではないかと思っています」
 それ以上は分かりません、と首を振る。
「だからこそ団長に相談するのです。場合によってはベリテ聖教会との連携も必要でしょう」
 シアは確固たる口調で告げる。まぁ、浄化とかは神官・司祭の仕事かもしれねぇけど……あいつらはなーんか威張り散らしてて苦手なんだよなぁ。
 シアが教会に通ってる姿を見たことがないから、案外シアも嫌ってるのかもしれない。でも帝国騎士には熱心なヤツも多くて、七日に一回のミサには毎回出ているってヤツは何人も居る。
「ちゃんと理由があるなら、チビたちに言ってやっても良かったんじゃね?」
「話すには余りに不確かな情報です。それに、無闇に広めたい話でもありません。申し訳ないとは思いますが、事態が落ち着いたら改めて説明に行きます」
 マーハたちの話は打ち切られた。代わりに「夕方に話しそびれた、老人の噂話なのですが」また新たな話題を続ける。
「あぁ、なんか行く前に団長と話してたやつか」
「はい。もしかしたら彼が関係しているかもしれません。詳しくは団長から聞くと良いでしょう」
 シアが足を止めた。
 騎士団宿舎が闇を背に、静かな威圧感を醸し出していた。



「……なるほどな」
 シアの話を聞き終えた団長は、一言呟いて腕を組んだ。大きな背中を預けた椅子が悲鳴を上げる。
 騎士団の会議室で、俺はかなりの居心地の悪さを感じていた。団長とシア、そしてもう一人の副団長ローランド=アシュレーのせいだ。さっきからイライラを隠そうともしないで、俺よりも薄い色合いの碧眼を細めている。
 当事者として連れてこられたは良いが、早くも抜け出したい。
「フェイリア、何故やすやすと見逃したのだ! 確保するのが筋じゃないのか?」
 アシュレー副団長の怒声が飛んだ。机を叩く音が部屋中に響き渡る。部屋が一緒に怒りを示しているかのようだった。
「人目につくのは得策ではありません。不要な混乱を招くだけです。子ども達も決して口外しないでしょう」
 対するシアは静かな口調で反論する。「この間にも逃げるかもしれぬぞ!?」至極最もな副団長の意見だが、これにもさらっと、
「彼はあそこから動きません。約束しました」
「それが信用できないと言っている!」
 今にも拳を振り上げそうな勢いだった。アシュレー副団長は理性的な見た目と反して、結構感情的だ。血気盛んというか。シアとはあまり馬が合わないんだろう。こんな正反対な二人をまとめる団長も凄い。
「ローランド、少し落ち着け。そう思うなら早く行動に移せばいいだけだ」
 今年で御歳四十歳を超える団長。歴戦の戦士を思わせる風貌は、貫禄も迫力も満点だ。そして、さすが名門貴族、と思わせる気品もある。
 やっぱり憧れるぜ。
「それで、だ。レイ。街で噂になっている老人の話がある。小柄で、老獪な笑い方をする不気味な人物だという。何か悪さをするというわけではない。むしろ行為そのものは逆かもしれん」
 団長が組んでいた腕をといた。
「身内に不幸があった者の前に現れて大金をくれるそうだ。好意的に富豪の慈善活動と考えても良いが、そうではないな」
「どうして断言できるんですか?」
 俺の質問に、鋭い視線を投げる。
「老人は『謝礼』と言うそうだ。何に対する謝礼かは……まぁ、話の流れからだいたい想像はつくだろ」
「命、ですか」
「あくまで噂だがな」
 団長は肩をすくめる。「真偽も定かではない。しかし、調べる価値はある」と付け加えた。
「まずは最近亡くなった方の家族を訪ねよう。これはシアに任せる。ローランドは出来るだけ老人に関する噂を……そうだな、とりあえずティールとアレクは連れて行け。あいつらは意外と顔が広い」
 後はお前の人選に任せる、と団長。二人は返事をすると、それぞれ部屋を出て行った。
 あれ、俺は?
「お前は待機だ」
 疑問を見透かしたように言われ、思わず背筋を伸ばした。
 ベタなヒロイック・サーガならばここで大いなる活躍や極秘任務が待っているのが常だが――現実はそう上手くは出来てないようだ。