最終章:旅路の果てに エピローグ

「姉さん、もう行くの? 寂しくなっちゃうね」
「お嬢様。くれぐれもお気をつけて」
 ディーズィル家の正門。弟とエテスがそれぞれルィンの手を握っていた。時雨は少し離れたところで待っている。
「うん。お父様に宜しくね。また帰ってくるから、心配しないで」
 お金だって多少持った。狂都市でばら撒いた分はきちんと回収して、いい加減滞納してる宿代やらを払うと誓う。時雨はルィンのお金を使うことを嫌がったけど、すぐに仕事がある訳じゃないし、これ以上主人に迷惑はかけられないと説得した。
「お父様も、変な意地張らずに来れば良いのに。姉さんとはしばらく会えないのにさ」
 執務室の机の前でそわそわしてるフスーカ・ディーズィルを想像して、三人で笑いあう。こそっと家を見上げると、カーテンの隙間から父の姿が見えた。目が合ったかな、と思った次の瞬間にはさっと陰に隠れてしまっていた。しかし何だかんだで心配してくれているみたいだ。
(本当に親不孝な娘でごめんね、お父様)
 心の中で頭を下げる。
「じゃ、時雨も待ってるし行くね」
 別れを惜しむ二人に手を振って、時雨へ駆け寄る。彼女は組んでいた腕を下ろし、
「もう良いの?」
 こちらに手を振っているベニーたちを一瞥する。
「うん、大丈夫! 行こう!」
 並んで歩き出す。再び、こうして時雨と肩を並べていられるなんて、これ以上の幸せはない。自然と気分も上がってきて、鼻歌なども飛び出す。
 緩い下り坂にルィンの歌が小さく響く。
「リズム感ゼロ」
「良いじゃん、楽しければ」
 正直で辛らつな感想も今は楽しさに変わる。
「……そうね」
 頷いて、ルィンのめちゃくちゃな音色に重ねるように、時雨も鼻歌を歌いだす。普段なら怖すぎる機嫌の良さにぎょっとするところだけど、今日はこの晴れやかな気持ちに素直になろう。
 王都の雑踏を、かつて時雨と離れた人ごみを、今ははぐれないように歩いている。この現実が無性に嬉しい。
「あ。そういえば、ひとつ気になってることがあるんだけど」
 時雨が眉を寄せる。首をかしげ、無言で促した。
「私の刀――ずっと無いんだけど、あんた持ってるの? 今更だけど、屋敷では遠慮してたのよ」
「うわぁ、遠慮なんて言葉知ってたんだね」
「……そんなに殴られたい?」
 時雨のトーンが下がった。沸点の低い時雨は簡単に怒る。くすくすと笑いながら、しかし質問には真面目に答えた。
「えっとー、非常に言い難いことですが……刀は封印のとばっちりを喰ったのか、あの時砕けちゃったんだよね……ごめん!」
 ぱん、と顔の前で手のひらを合わせる。飛んでくるのは拳か怒声か――しかし意外にも時雨は何も言わない。そーっと顔色を窺うと、わなわなと唇を震わせていた。
「砕け、た? 私の……刀が?」
 相当ショックだったのか、今まで聞いたことのないような弱々しい吐息が漏れる。予想外の反応にルィンはあたふたと、
「う、うん。でもほら、アレじゃん? 闇にとりつかれて縁起悪いし、これを機に新しいものを……」
「あの刀、高かったのよ! 大陸じゃなかなか見つからないのに!」
 雑踏の喧騒をひとりで二倍にも三倍にも出来そうな叫び。誰もが振り返り、冒険者二人のいざこざと認識するとそろそろと離れていく。
「確かに……確かに、あんなことがあって縁起悪いシロモノだけど、あんた刺して悪かったとも思ってるけど、それとこれとは話が別だわ!」
 がしっ、とルィンの肩を掴む。びくりと怯えるルィン。
 しばしそのまま無言の時が流れ……先に口を開いたのは時雨だった。何かを決心したような瞳。
「しょうがないわ。気は乗らないけど――ルィン、行くわよ。私の生まれ故郷……エイード島へ」
「エイードへ? え、でも時雨……」
「このまま武器なしで冒険者やれっての? 帰ったらついでに、私がいかに凄くなったかをあいつらに教えてやるわ」
 過去を聞く限り、あんまりいい思い出なんてないのかなー帰りたくないのかなーなんて思っていたが、そんなことはなかったようだ。むしろある意味前向きとも取れる思考回路は、ちょっと羨ましい。
「あんたお金あるんでしょ? すぐに港町行って、船探すわよ!」
「あれ、あたしのお金は嫌なんじゃ」
 ルィンの呟きは綺麗に無視された。ずかずかと先に行ってしまう時雨。――現金だなぁ。何とも時雨らしい切り替えの早さではあるが。
 苦笑して、その後を追った。
「時雨、置いてかないでー!」

* * *

 たとえ旅路の果てに何が待っていようとも、時雨と二人ならば乗り越えられる。傷はもう癒せないけど、それなら時雨が傷つかないよう、この力を使うよ。あたしはもう二度と時雨と離れようとはしない。
 時雨が必要としてくれる限り、ずーっと傍に居るから。
 あ――基本は逃げ腰だけど、それは許してね。