第三章:やるべきこと 第五節

「ベンナード。どうして姉に協力する? ああいうことは冒険者たちに任せておけば良いんだ」
 姉を追うことはせず、入口に立ちはだかる。厳しく見下ろしてくる父に隙はない。
「無理に止めても姉さんは行くよ。どうせ行ってしまうのなら、手伝おうって。それだけだよ」
 言いながらも、どうやってここを抜けようか――そのことばかりが頭を回っていた。いざとなったら窓から飛び出す? 少し危険だが、術をしくじるような真似はしない。ベンナードには自信があった。
「危険な目に遭うのが分かっていて行くのが、姉に対する優しさか? 止めてやることも時には必要だ」
 父の言い分は、恐らく正しい。ベンナード自身無傷で済ませられるとは思っていないし、最悪の場合も想定している。
 しかし、それでも。
「もう姉さんを泣かせないって決めたんだよ」
 嘆息。父は額に手を当てて疲れたように首を振っている。
「……何故ルーレンシアはあの冒険者に固執する?」
「姉さんにとってあの人は、大切な家族なんだ」
 父が眉をひそめる。
 何故、に対する答えは理屈で返せない。理由などないんだ。敢えて言うとすれば、
「家族を助けるのは当然じゃない?」
 それは先ほどベンナード自身が姉に向けた言葉。そう、敢えて言うなら「当然」だ。詳細な心理状態を事細かに説明する必要は無い。
 家族を助けるのに、もっと大きく言えば誰かを助けるときに、いちいち理由を求めることは無意味だ。「助けたい」という欲求は本能に近いものだと、ベンナードは思う。
「そうだな。家族を助けるのは当然だ。……家族を守るのもまた、当然のように」
 伏せられた瞳は、怒りや苛立ちといった激情ではなくもっと静かな……遣る瀬無さのようなものが潜んでいた。
「ただ危険から遠ざけるのが、守るってことじゃないよ」
 言いながらも、思う。やはり父は正しい。父の優しさを裏切っているのは自分達の方だ。「危ない目に遭わせたくない」という父の言葉は、今でもベンナードをふら付かせる。
 それでも……今回ばかりはどうしても譲れない。強く心に決め、父の言葉を振り払う。――ダメな息子だ。そう自嘲しながら。
 睨み合いが続く。父は魔術を使う素振りも見せず、ただこちらを――心の底を見透かそうとするように――凝視している。
「……ルーレンシアには随分悪いことをした」
 口を開いたのは父。
「周囲の中傷があの子の耳に届かないよう配慮すべきだったのに、私にはそれが出来なかった。噂話はどこからでも入り込んでくる」
 首を振る姿に普段の威厳はない。
 ただ無力さを嘆くひとりの父親が立っているだけだった。
「あのとき、私の腕の中で暴れるルーレンシアを離さなかった私の判断は正しかったと思っている。しかし、ただ守られるだけの立場に甘んじているような娘ではないな」
 無理やり納得させているかのように、何度も首を振っている。到底納得できるようなことではないだろう。にもかかわらず父は理解を示そうとしてくれている。
 その優しさが嬉しくもあり、また、申し訳ないとも思う。
「しかも頑固だしね。意外とわがままだよ、姉さん」
 ベンナードの声がかぶさる。
 二人で小さく笑いあった。
「時には後押ししてやるのも、父の務めか。何でも持っていくが良い。それと、私の杖を持って行きなさい。魔力を籠めてある。少しは役に立つだろう」
「……お父様」
 差し出された杖を受け取る。先端の触媒石が柔らかく発光している。父の魔力が内側で漂っている証拠だ。
 驚きに目を見開くベンナードの頭に、父の大きな手が乗った。
「何も言うな。姉を助けてやれ。そして無事に戻ってきなさい」
 そして力強く抱きしめられる。
「ありがとう、お父様。行ってきます」
 体が離されると同時に走り出す。姉の元へ。
「ベニー! 良かった、来ないかと思っちゃった」
 部屋では既に持つもの持った姉が笑顔で出迎えてくれた。「あれ、それってお父様の杖?」握り締めた杖を指差す姉に、
「うん、お父様がね、無事に帰ってこいって」
「……そっか。ちゃんと帰ってきて、お礼言っておかないとね」
 一瞬目を伏せた姉の表情は穏やかだった。
「よし、それじゃ……行こう!」


 門の外では、見知った人物が待ち構えていた。派手な赤色のローブが風になびいている。その横では目つきの悪い、けれど押しの弱い剣士が片手をあげていた。
「もしかしてあのときの冒険者……?」
「リュミエさん、ノクスさん!」
 ルィンの声は驚きと喜びが混ざっている。
「よっ、ルィン。依頼を受けたわけじゃねーけど、俺たちも行くぜ」
 気さくな声はノクス。
「でも……どうして?」
 嬉しいことは嬉しいが、次に出てきたのは疑問の言葉。彼らにしてみれば、どうせ行くなら父の依頼を受けた方が断然得なはずだ。
 これにもノクスが答える。頬をかきながらバツが悪そうに、
「だってなぁー、元はと言えば俺らが原因なわけだし、きっちり落とし前つけなきゃな」
「あのバカ女に一発と言わず何発も喰らわせてやるんだから」
 対してリュミエはいたって強気だ。
 彼女の物言いは物騒だが……二人から申し出てくれるなんて思ってもみなかったルィンは、笑顔で二人の手を握る。
「有難う御座います、一緒に時雨を助けましょう!」
 リュミエとノクス。心強い仲間を得て、ルィンは時雨救出への道をよりいっそう確信する。ベンナードとは軽く紹介しあい、本題へと移る四人。足は既に馬車の乗り合い所へ向かっている。
「それで、あの闇がどこに行ったのか分かる? ルィンの感知能力なら……」
 リュミエの問いに頷いた。言われるまでもなく、時雨の行方ならすでに分かっている。
「恐らく狂都市に居ます。あの方角で闇が行きそうなところは、そこしかない」
「狂都市ね……あーあ、またあんな陰気臭いところに戻らなきゃならないなんて」
 億劫そうなリュミエだが、瞳には闘志が宿っているように見えた。やる気満々……といった感じだ。
 道すがら、闇の封印計画を二人に話す。突拍子のなさにリュミエがひっくり返りそうだったが、「まぁ、それくらいしか方法はないわよねぇ……」最終的には納得していた。
 ノクスはあまり魔術の知識はないようで、「へぇー、そんなことまで出来るのか。すげぇな」と感心するばかりだった。
「そんな簡単な言葉で片付けないでよね、ノクス! 下手したら闇に喰われて死んじゃうのよ?」
 リュミエが放った「死」という単語にピクリと肩を震わす。ベニーが気遣わしげな視線を投げてきたが、ルィンは笑顔を返した。
 ――そんなことは分かってる。覚悟の上だよ。
 一応、それ以外にも準備はしている。背負ったリュックに忍ばせた重みを確かめるように持ち手を引っ張った。ないよりはマシ、程度だけど。
「うわ、案外人多いんだね」
 馬車の乗り合い所に到着するや否や、ベンナードが眉を寄せる。
 入り口で見渡しただけでも、結構な人数がひしめきあっていた。王都を通過点とする街は多いから、当然と言えば当然だ。
「ほらルィン、あなたの力で今すぐ馬車を捕まえてきなさい!」
 そんな光景を目にしたリュミエは即座にルィンの背中を押してきた。
 よろけたルィンは両手をばたつかせてバランスを取りながら、しかし上手い具合に前へと進んでいく。人ごみを無理に掻き分けているルィンに対する周囲の視線は冷たく――でも、あたしのせいじゃない!
「リュミエさん、いきなり押さないでくださーい!」
「がーんばってねー」
 悲痛な叫びに応えたのは、無責任な声援だけだった。