第一章:狂える都の跡 第六節

 代わり映えのしない瓦礫の山が続く。
 時の流れというのは本当に残酷なもので、この場所が強大な帝国の中心地だったとはにわかに信じられない。
「なんだか妙ね」
 時雨がそんな呟きをもらしたのは、ルィンの足が痛みを訴えだした頃だった。
「ルィン、あんたの足元」
「……ぎゃっ」
 言われて視線をずらせば、白骨化した魔物の死骸。慌てて飛びのいて、反射的に時雨の腕に抱きつく。瓦礫に隠れて今まで気づかなかったようだ。よくよく見れば、ほかにもまだたくさんある。
「ゴブリンか何かかしらね」
 時雨はルィンを引っぺがしてから骨をひょいと掴み上げた。そして適当な場所に並べ始める。おもちゃを並べて遊ぶ子どものようで、はっきり言って不気味なことこの上ない。
「な、何してるの?」
 恐る恐る尋ねてみたが時雨からの返事はなく、「ほら、行くわよ」促されて、不恰好ながらも生前の形を取り戻したゴブリンの骨を横目に歩き出す。
「あんなの素手で触れないよ普通」
「さっきの腐乱死体斬りつけるのと大差ないわよ。動かないだけこっちの方がマシね」
 かなり差があるように思うのは、ルィンの未熟さゆえなのか。己の感覚に悩みながらも、おとなしく時雨についていく。
 ――アンデッドも嫌だけど、死んでるっていうのも怖いなぁ。
(あれ、アンデッドって動いてるし、死んでないのかな? 腐ってるように見えるだけで、実際はああいう魔物だったり?)
 どうでもいいような疑問を抱きつつ。
「……やっぱりか。見なさいよ、これ」
 再び時雨が立ち止まった。うんざりした声で振り返り、下を示す。ルィンがそっと覗くと――
「あれ、これってさっき時雨が……」
「並べたやつ」
 言うと同時に、骨を蹴ちらす時雨。――うわぁ、本当に抵抗ないんだなぁ。
 それはともかく、自分達はさっきから同じ場所をぐるぐると回っていたことになる。今まで気づかなかったのは、崩れてしまったせいで、どこを通っても似たような光景しかなかったからか。
「どう思う?」
 時雨は息を吐くと、腕を組んでルィンに問いかけてくる。時雨が真面目に意見を求めてくるときは、魔術絡みのときしかない。なんだかんだと言いながらも、ルィンの知識量は時雨も認めているようだ。ルィンはそんな彼女の期待に応えようと暇な時は張り切って魔術書を読み漁っているのだった。
「そうだなぁ……」
 微弱ながらも肌に突き刺さる、寒気のする魔力の気配。魔力を察知するのが得意なルィンでも、意識しなければ気づけないほど弱いものだった。
 同じ場所を歩かされている。それはつまり、
「恐らくだけど、これは……」

「結界ぃ?」
「ええ、それも暗黒魔術と来たわ」
 ノクスの驚きの声に、憂鬱に答える。リュミエは杖の先端にともした魔力の揺れを見て、自分達が罠にはまったことを痛感する。よりによって、無限ループの結界とは。
「さっきの道は左が正解だったのかねぇ」
「いいえ、むしろ正解だからこその結界なんじゃない?」
 魔力の光は激しく動き、大きくなったかと思えば次の瞬間には消えてしまったのかと思う程小さくなった。空間が歪んでいる証だ。暗黒魔術の結界だと気づけた者は過去に何人いただろうか。並以上の知識を持っていなければまず見破れない。
 現代の魔術師は暗黒魔術を忘れて久しい。あえて魔術書を読もうとしなければ、どのような特性を持っているのかも知らないまま終わるだろう。
(つまり私は、並以上で研究熱心な魔術師ってことね!)
 ひとり優越感に浸る。あの魔術知識ゼロの秋永時雨に自慢してやりたい。
「でも結界ってのは、こう……攻撃を防いだりするもんじゃないのか?」
 自信なさげに問うノクスに、リュミエは軽く頷く。
「基本はね。精霊魔術はそれしかできないし。でも高度な暗黒魔術は空間を操れるのよ」
 言いながら、慎重に歩を進める。魔力の火が揺らめく。決定的に空間が歪んでる場所を探さなくては、ここから抜け出るのは不可能だ。
「たとえば今私達が居る場所から十歩分を範囲と設定するでしょ。その最初と最後の空間を歪ませて、十歩歩いたら最初の場所に戻るようにするのよ」
 こうして口にするのは簡単だが、実際にやろうと思えば並大抵の努力では実現できない。リュミエは魔術師の中ではかなり腕前は上だが、帝国人の魔術師に比べれば、幼子でしかないだろう。リュミエには簡単な暗黒魔術を使うことすら困難なのだから。
 帝国人の魔力の高さには頭が上がらない。
「始点か終点のどちらかを壊さない限り、私達はここから抜け出せないわ」
「そりゃ大変だな……で、壊せるのか、そんなの」
「頑張って壊すわよ! でなきゃあのバカ女に先越されちゃう!」
 燃え上がるリュミエとは対照的に、ノクスはどこか引きつった笑みで同意していた。
「分かったら、ちょっと黙ってて。これって神経使うんだから」
 リュミエは杖にともした魔力を凝視して、些細な変化も見逃すまいと鬼気迫る表情で空間を探る。魔力光が最も激しく動く場所――つまり、他者の魔力に最も干渉されている場所こそが、この悪夢のような結界の始まりであり終わりなのだ。
 まだ弱い、もう少し先、近くなってる、焦らず慎重に――
「あった、ここ! ノクス、それ以上動かないで! また最初に戻されるわよ!」
「わっとと、あぶねぇあぶねぇ」
 ノクスがつんのめるように立ち止まる。改めて周囲を見回して、
「本当にここなのか? 特に変わったところはないけどな」
 そう思うのも無理はない。何か遮るものがあったわけでもないし、視界に映るこの道はずっと続いているのだ。リュミエ自身、この道を何週したのか分からない。
「で、どうやって壊す?」
 ノクスの最もな質問に、リュミエはしばし眉をひそめて。
「暗黒魔術だし、多分神聖魔術で何とかなると思うけど……」
 相手は帝国人の張った結界だ。そう簡単にいくとは思えないが、ノクスはのんきなもので「ああ、魔力ぶつけて相殺って感じか」と気楽に構えている。
「んもう、簡単に言ってくれるわね!」
 唇を尖らせてみるものの、できなければ死が待っているわけで。ついでに言えば勝負にも完全に負けてしまう。
(ここに来ないってことは、別の道を行ってるのよね……抜け道とかあったらやばいわね)
 とにかく、やるしかない。リュミエは杖の魔力を消して意識を集中した。