第一章:狂える都の跡 第五節

 声に振り向くと、深紅のローブを纏った金髪の魔術師の姿があった。短い裾から覗く足はすらりとして長い。手には人工の魔杖が握られていた。
 年の頃は時雨と同じか、少し上に見える。きつい顔立ちの美人だが、目つきだけ見るなら時雨よりは若干優しそうだった。
 彼女はルィンには目もくれず、刀を握ったままの時雨と対峙する。
「最強の呼び声高い秋永時雨が、こーんな相手に苦戦を強いられるなんて? 噂は噂だったということかしらね?」
 自信満々に言い放つ。
「ああ、本当にどうしたんだ? あの秋永時雨なら一瞬だろこんなの」
 ノクスと呼ばれた剣士が首を傾げる。その動きにあわせて逆立った茶色の髪が揺れた。
 揶揄の響きはなく、純粋に疑問に思っているようだった。
 こちらも目つきの悪さは時雨と良い勝負で、そこに男性ならではの鋭さが備わっている。歳は金髪の魔術師と同じくらいだろう。典型的な剣士の装備を身に付けていた。
「あんた何様のつもり?」
 時雨が険悪な声を漏らす。――これはまずい。かなり機嫌が傾いてる。
「あ、あのー、その、あたしが術に失敗して、その」
 時雨の怒りが限界に達する前に割って入った。そのとき初めてノクスと魔術師の瞳にルィンが映る。魔術師が、胡散臭そうな視線を投げてよこしてきた。
「なに、この子。魔術師なの?」
 無遠慮にじろじろと眺めてくる。魔術師らしいものといえば大樹の杖しかないが、そこまで睨むことないじゃんか。
 恐らく、時雨とは方向性の違う女王様なんだろう。即行で苦手意識が芽生える。
「魔術師のルィンといいま……」
「ルィン。こんな名乗りもしない連中に構うことないわ。さっさと行きましょう」
「あーっと、わりぃわりぃ。俺はノクスってんだ。見ての通り剣士だ。こっちは魔術師のリュミエ」
 時雨が背を向けようとすると、ノクスが朗らかな笑みを浮かべて名乗った。リュミエは愛想の欠片もない表情で突っ立ったままだったが。ノクスは、リュミエほど時雨に対抗心を抱いているわけではなさそうだった。
「ふぅん? まっっったく聞いたことないわね」
「な、なんですって!」
 時雨のあまりにはっきりした物言いに、リュミエが噛み付く。
「私達はもうずっと二人で組んでやってきてるのよ! それをなに? 知らないですって?
 あんたの相方の方がよっぽど無名じゃないの! ルィンなんて魔術師聞いたことないわよ!」
「それは自分の情報網を見直した方がいいわね」
 はっ、と鼻で笑う時雨。
 グサリとくる一言を放つリュミエだが、逆にルィンの名前を知っていたと言われる方が驚きだ。時雨に相方ができた、という話を知っている冒険者も多くなってきたが、それでもその相方がルィン・ノージャという魔術師だと認識している冒険者は少ないだろう。
 ルィンを見た冒険者は誰もが口を揃えて言う。「あの秋永時雨の相方がこんな半人前なわけないだろう、何かの間違いじゃないのか」と。
「おい、リュミエそれは言いすぎじゃ」「時雨も少し落ち着いて」
「黙ってなさい、ノクス!」「ルィンは引っ込んでなさい!」
 二人を制止する声と、怒鳴り声が共に重なった。
「は、はい……」
 ルィンとノクスは揃って縮こまり、恐ろしい女の戦いを見守る。
「いやー、プライドのぶつかり合いってのは怖いねぇ」
 ノクスがこちらに近づいてきて、こそこそと耳打ちしてきた。「ですねー」ルィンも頷く。
 二人はなおも言い争いを続けている。ある意味で凄く似たもの同士なんだろう。気が合うというか。
「だいたい数年も一緒に活動してるペアが無名ってどういうこと? 私を見習いなさいよ、誰もが名前を知ってるわ」
「あんたが知らないだけでしょ! それにたとえ有名でも、ゾンビ相手に苦戦を強いられるようじゃ高が知れるわね!」
 静かに睨みつける時雨と、ヒステリックに叫ぶリュミエ。
 こんな調子で不毛な口論を続けていたが、やがて言うことが尽きたのかこれ以上言い合っても無駄だと判断したのか――リュミエが傍観を決め込んでいたルィンとノクスを振り向き、声高に宣言した。
「先に『狂皇帝の剣』まで辿りついた方が有名ってことにするわ! 異議はないわね!?」
「いやちょっと待てそれはおかしいだろどう考えても」
 ノクスの言葉は届かなかったようで、リュミエは本気の様子だ。意外にも時雨も「ほらルィン、さっさと行くわよ」と乗り気の姿勢を見せていた。
「あ、待ってよ!」
 一体どっちが待たせていたのやら。ルィンは走り出す時雨の背中を追いかけた。
(あーあ、時雨って変なところで子どもっぽいからなぁ……)
 心の中で嘆息しながら。

「それで、ルィン?」
 二人の冒険者と別れてから少し経った頃、時雨が口を開いた。彼らは別の道を行ったようで、姿はどこにも見えない。
「どうして普通の武器でアンデッドが倒せたのかしら?」
 時雨の口調は疑問を挙げているというより、「さっさと説明しろ」という調子だ。覚えてたか、と顔を引きつらせながら、
「いやぁ~、そのぉ~……神聖魔術には神の加護を賜る術がありましてね……」
 何故か敬語になるルィン。時雨は無言で先を促す。飛び出してきた魔物を一閃して。無残な残骸に自分の未来を重ねながら、ルィンは言葉を続けた。
「『灼然』っていう術なんだけど」
「いやちこ?」
「うん。それで剣に加護を賜って、神の代理人としてアンデッドを倒すっていうことが可能になるんだ」
 傍目からは判断できないが、ノクスの剣には加護があったのだろう。彼の剣からちょっとした魔力の流れを感じた。
「なるほどね」
 時雨は納得して見せてから、
「聞くのもバカらしいけど、当然あんたは――」
「使えません」
 大仰なため息が返ってきた。
 奇跡の基本は自分の魔力を「聖なるもの」へ変える、というものだ。その変換ができなければ、そもそも奇跡を使うことはできない。それ自体は大して難しくもなく、ルィンでもできる。しかし、その魔力を物体に宿すなどということになれば、話は別だ。神の加護とは言っても、しょせんは自分の魔力。
 現世に留めておくのは、ただ敵にぶつけるよりもはるかに難しい。
 それをやってのけたリュミエは、性格はともかく魔術師としてはかなりの腕前ということになる。
「あーあ、うちの魔術師さまの類稀なる才能には恐れ入るわね」
 時雨の嫌味がちくちくと突き刺さる。
「あ、あのさ、時雨……」
 ルィンは思わず口を開いていた。時雨が「何よ?」と促すが――
「ううん、やっぱ、何でもない」
 杖を握り締めて、首を振った。危うく尋ねそうになったのだ。
 ――そうまで言うのなら、何故自分と一緒にいるのか、と。
(だめ、絶対言えない……!)
 時雨の気まぐれに水を差すような言葉は、禁句だ。こんな状況であっても、即パーティ解散と言い出しかねない。時雨に捨てられたらもう行く場所がないのだ。いや、それだけで済むならまだいい。もし時雨があのことを知っていたら……。
 冒険者のルィンとしての生活が終わってしまう。
「あ、そういえば、急がなくていいの? ノクスさん達が先にたどり着いちゃうかも……」
「十分急いでるわ。あの女、絶対に叩きのめしてやるんだから。
 ま、最悪、剣は横取りすればそれで解決でしょ? 名声に興味ないっていうか、これ以上有名になれないし」
 時雨は凄いことをさらりと言い放って、にんまりと笑った。
 ――ああ、やっぱり子どもだ。今の時雨の精神年齢はきっとあたし以下だ。
「あら、何よその目。報酬受け取るまでが冒険なんだからね」