第一章:狂える都の跡 第三節

 翌朝、時雨にたたき起こされたルィンは必要なものを買いに道具屋を訪れていた。冒険者向けの品も多く扱っているこの店は、ルィンのお気に入りだ。他にも冒険者らしい人の姿が数人見られ、思い思いの品を手に取っていた。
「いらっしゃい……ああ、ルィンか。今日は早いねぇ」
 すっかり顔なじみとなった店主のミランダが、カウンターの向こうから愛想良く話しかけてくれた。ルィンの母より少し若いくらいの女性だ。
 この柔和な笑みを見ていると気分が落ち着いてくる。
「時雨に起こされちゃって……これからちょっと仕事に行くんですよ」
 薬草などを取りながら、苦笑する。ルィンにとっては何気ない言葉だったのだが、途端、店内の数人がこちらに視線を向けた。しかしそれも一瞬のことで、ルィンが彼らに目を向けたときには誰もこちらを見てはいなかった。
(おい、時雨って……秋永時雨だよな)
(あれが相方か……魔術師って話だけど、そうは見えないな)
 そんなヒソヒソ声。この会話から察するに、ここを拠点にしている冒険者ではないようだ。
 ルィンは自分の格好を見下ろす。
 麻布の長袖にキュロット。腰に杖。確かに、一般的な魔術師像とは違うかもしれない。魔力の宿ったアクセサリーを身に付けてたり、魔糸を織り込んだローブを着ていたり……杖も最近は人工の魔杖が多い。しかし、ルィンは今のスタイルを気に入っているし、時雨も「ま、妥当じゃない? 裾踏んづけて転ぶ心配もないし」と(引っかかる言い方だけど)認めてくれてるので、変えるつもりはない。
「これとこれ、ください」
 声を背中に聞きながら、ミランダに薬草と携帯食料を差し出す。
「今回はどのくらい空けるの?」
「さぁ……時雨が諦めるまで?」
 おどけて笑ってみせると、ミランダも「それは長そうだ」と声を上げて笑った。
「ま、適当なところで切り上げてきなよ。何事も命あってのことだからね」
 ミランダの忠告に頷き返し、店を出た。
(なんだって時雨は、あんな弱そうなのと組んでるんだろうな)
(だよな。何考えてんのかサッパリだ)
 この言葉は聞こえなったフリをして。
 それはルィンだって知りたいことなんだ。なぜ、と時雨に問うのは簡単だが、「理由はない、あんたじゃなくてもいい」と言われたら怖いので、聞けないでいる。それとは別の懸念もあるのだが、もう一年も経つのに何もないのだから、大丈夫だろうと自分に言い聞かせていた。
 ルィンにとって時雨は家族みたいなものだ。今の関係が壊れるようなことはしないのが一番。そう、何もしない方がいい。こちらからは一切、触れない。そうでないと――
 ――ああ、もう、よそう。堂々巡りじゃん。
 頭を振って、時雨が待っているはずの馬車乗り合い所まで走り出した。

 ソフラを出てから五日ほど。ルィン達はついにサーイン跡に辿りついた。本当ならもっと時間がかかるのだが、時雨が先へ先へと急かしまくったために、それ程時間をかけずにやって来られたのだ。お陰でルィンはくたくただ。
 道中の馬車代は(主にルィンが)宿の主人に頭を下げて借りたもので、つまり借金が更に増えたのだが、時雨はまったく気にしてないようだった。早くも『狂皇帝の剣』を手に入れた気でいるらしい。
(この自信はどこから来てるのかなぁ……)
 そんな疑問はひとまず横に置いておき、改めて廃墟を見渡す。
「ここがサーイン跡……凄いところだね」
 広い城下町があったのであろう大地には、瓦礫と塵しか残っていない。大小さまざまな瓦礫は、嫌でもここが忘れ去られた廃墟であることを示していた。
 結界が風化を遅らせたらしいが、それでも免れることのできない時の流れを感じさせる。疲れも忘れて立ち尽くした。
「魔物も居るみたいだから、用心しなさいよ。とは言っても、ほとんど城の中みたいだけど」
 時雨の視線の先――ルィン達からまっすぐ進んだ先にある、大きな建物。かつて栄華を誇った帝国の、城。真珠色の壁はすっかり剥げ落ちて、高く聳え立っていたであろう尖塔は半ばから折れている。決して庶民が見ることのない庭も、壁が崩れ落ちたせいで丸見えだ。栄光は今や見る影もない。
「もうすぐ暗くなるし、城に潜るのは明日にしましょう。今日はここで野宿」
 少し奥に進んだところで時雨が足を止めた。このまま城に直行するのかと思っていたルィンは心底ほっとした。サーイン跡まで行く馬車などないから、中継点の都市を出てから数日は歩き通しだったのだ。もう足が重いどころではなく、鉛のようだった。
 ルィンはへなへなとその場に座り込んだ。時雨は「まったく、情けない」と呆れ顔だ。
 そんな時雨には構わず、荷物を枕代わりにして寝転んだ。体はよほど疲れていたようで、横になった途端眠気が襲ってきた。
「ほら、寝る前にこれ食べなさい」
 時雨が携帯食料を寄越した。あまり食欲はないのだが、そう言うと時雨に「食べられるときに食べないでどうするの!」と怒られるので黙って胃に流し込む。
「もう少し暗くなってきたら火をおこすわ。番は交代だから、絶対起きなさいよ。起きなかったら容赦なく殴るからね」
「はぁーい」
 言葉は冷たいが、いつものことなので適当に返事をして目を瞑る。たとえ言葉どおり容赦なく殴られて目覚める運命が待っていようとも、一応時雨が疲れている自分を気遣ってくれているのを、ルィンは知っている。いつも時雨の方が長く見張りをやってくれているのだ。単純に「こいつには任せておけない」という発想からかもしれないが、彼女の思いやりなんだと好意的に解釈することにしている。
 時雨がやたらと嫌がるから言わないが、本当はとても優しいのだ。ただ、少し不器用で恥ずかしがりなだけなんだと、ルィンは思う。
「お休み、時雨」
 少しだけ笑みを零して、枕代わりの荷物に顔をうずめた。